26 普通である事への安心

「いえーい、やったっすよー!」


 観覧席の俺達に向けて、リーナはややドヤ顔気味の笑みを浮かべながらピースサインを向けてくる。

 そんなリーナに俺達はグーサインで賞賛を送った。


「いや、なんか地味に凄そうな事やってたな」


「そうですね。結界を足場にしてましたし……あと結界から結界生えてましたね」


「今のリーナがこういう事をできるんなら、これはその内あの時みたいな芸当を素でできるようになりそうだな」


「あの時?」


 グレンの言葉に首を傾げるアリサに、グレンの言いたい事を察した俺は解説する。


「前に逃避スキルの力でリーナが暴走した時。あの時結界から結界を何本も枝分かれさせる無茶苦茶な戦い方してたからな」


「ああ……あの時ですか。どうりでボクが知らない訳ですね」


「しっかしリーナの奴、よくあんな使い方会得したよな。多分相当難易度高いだろ。」


 今俺がまともに使える魔術として、風を操作する魔術がある。

 その応用として武器に風を纏わせたりといった事ができるようになった訳だが、そういう応用ができるようになるまでは結構時間が掛かった訳で。

 リーナ本人のセンスか、誰か優秀な指導者でも見付けたのか、その両方か……。


 と、そう考えていた時だった。


「いやー特訓の成果が出てるねー。流石私の弟子」


 そう言って見覚えのある女性が現れた。


「あ、ルナさん」


「どうもークルージ君。それにアリサちゃん……と、キミは新入りかな?」


 俺達それぞれにそんな挨拶をしてきたのは、シドさんのパーティーメンバーで魔術師のルナさんだ。

 ルナさんとはシドさんが退院する時に顔を合わせて少し話をしたので記憶に新しい。


「どうもお久しぶりです」


「おひさー」


「あ、俺は先日コイツらのパーティーに入ったグレンっていいます。よろしくお願いします」


「うんよろしくー」


 愛想良く二人にそう返すルナさんに、アリサは問いかける。


「今日はお一人ですか?」


「そだね。ちょっと私用があってね。ま、本当にどうでも良いような話だから気にしなくてもいいよ。私の事なんかよりほら、リーナちゃんの応援しようよ」


 そう言ってルナさんは俺達の隣の席に陣取る。

 そのタイミングで丁度リーナのcランクのテストが開始された。

 ……が、ここもリーナは結界をうまく使い、危なげなく対処していく。


「うんうん、その調子」


 そしてその様子を見て頷くルナさんに俺は問いかける。


「えーっと、さっきルナさん、リーナの事弟子って言ってましたよね? もしかしてあの結界の使いこなしっぷり、ルナさんが教えてくれたんですか?」


「まあね。ほら、前にギルドでキミ達と会った時、リーナちゃんに魔術教える約束してたからね。いやー真面目に話聞いてくれて頑張るからさ。お姉さんも頑張っちゃいました」


 そう言ったルナさんは、一拍空けてから続ける。


「魔術は新しい術を覚える事も大切だけど、今使える魔術をどう使っていくかってのが何より大事だって私は考えてる。だからまずは今使える魔術を伸ばす形で教えてみた」


「それがあの結界の使い方……ですか」


 その話を聞いて、少し気になったのでルナさんに聞いてみる。


「ちなみになんですけど、ルナさんから見てリーナの……えーっと、なんて言えば良いんですかね、物覚え……うん。教えた事覚える速さってどんなもんでした?」


「努力すれば努力しただけ形になる。魔術師として悪くない才能だったと思うよ。まだまだ発展途上だけど、これからどんどん伸びると思うよ」


「じゃ、じゃあ別にレクチャー受けて半日で完璧になったとかそういう訳じゃないんですよね」


「お? もっと凄い勢いで覚えるような異次元の天才じゃないと不満って感じかな? あんなに頑張ってるのにリーナちゃんじゃ不満かなー?」


 結構不満そうな鋭い視線を俺に向けるルナさん。

 こ、怖い怖い怖い! 視線に殺気が籠ってる!?


「あ、いや、そんなつもりじゃないですよ! 寧ろアイツに変な文句付ける奴が居たら俺がキレますって。さっきのはえーっと、不満とかそういうのじゃなくて、寧ろ安心したんですよ俺は」


「安心? どういう事?」


「……具体的な事は言えません。これは俺達やリーナとの間の大事な話なんで、リーナに話通さないと言えません。だからこれ話さないと妙な誤解が解けないんだったら別に誤解解けなくてもいいんで」


「……なるほどね。ま、そういう事なら追及はしないし、別に私も本気で怒ってないから。冗談だよ」


 そう言ってルナさんは一拍空けてから言う。


「私達のパーティーはキミ達のパーティーと一度関わった。その短い時間だけでも分かる事って一杯あるから。本気で私が言ったことを考えるような奴だったら関係性はもっと希薄なまま終わってたでしょ。シドもキミと友達になってないと思うよ」


「そう思ってくれると……助かります」


 ルナさんの言葉にそう答えると、俺の言葉に補足するようにアリサとグレンがルナさんに言う。


「あ、さっきの話なんですけど、クルージさんとそういう話をしたって事もリーナさんに言わないでくださいね?」


「とにかく、その辺本当にデリケートな話なんで。そこんところお願いします」


「うん、分かった。肝に銘じておくよ」


 ルナさんがそう言ってくれた事に安堵していると、アリサとグレンが言う。


「ボクもクルージさんと同じで、少し安心しました」


「俺も。早く強くなるのは良い事だけどアイツの場合はな」


「……ああ」


 皆、考える事は同じだ。

 同じであってくれる。


 リーナが異常な速度で物事を習得しないって事は、即ち逃避スキルが発動していないって事だから。

 少なくとも今までよりは前向きな気持ちで居られているという事の証明になるのだから。


 これで安心しない訳が無い。


 そしてそんな風なやり取りをしている内に、Cランクのテストはリーナの勝利で終わる。

 相変わらず緊張気味でこちらにピースサインを向けてくるリーナに各々反応を示した後、リーナは再び前を向きなおす。


 分かっていたけれど……受けるらしい。Bランクのテストを。


「とりあえず見ていた感じCランクのテストは余裕そうでしたし、次もきっと大丈夫ですよね?」


「そうだと良いが……なんか見てるだけだと、DランクのテストもCランクのテストも大きく難易度変わってなかった気がするんだよな。で、俺が戦ったBランクの相手がアレな訳だし。Cランクで余裕でもあんまり参考にならねえな」


「ほんとこう……無茶苦茶だな、色々と」


「あ、三人共、次の相手出てきたよ」


 そしてリーナの前に今回の相手が出現する。


「うわ、でっかいの出てきたね」


「「「……」」」


 変わらずのノリのルナさんとは対照的に、俺達三人は思わず黙り込む。


 ……グレンの時と同じ奴出てきたんだけど、コレ大丈夫か?

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