27 魔術の応用

「……どったの三人共、深刻な表情しちゃって」


 黙り込む俺達にルナさんはそう言うが……ねえ。


「いやーだってこう、なんというか……大丈夫かってなるじゃないですか」


「クルージさんと同じです。ち、ちなみに一度直接戦ったグレンさん的にこの戦いはどう思いますか?」


「表情が答えって言えばそれまでなんだが……まあ、ちょっとどころか結構しんどいかもな」


 グレンは一泊空けてから言う。


「俺の時と全く同じだとすれば、アレはシンプルに速くて力強い。多分結界は一度防げば割られるし、逃げに徹するのは余裕でもまともに対事して相対できるかは怪しい。前衛張れるだけのフィジカルがいる」


「で、でも逃げながら今までみたいに結界生やしてぶつけていけばなんとかなりませんかね?」


「一撃でぶっ飛ばした俺が言っても説得力ねえかもしれねえが、アイツ結構硬いぞ。だからそもそもリーナの結界ぶち当てる攻撃手段が有効打になるかすら分からねえ」


「じゃあどうすんだよ。攻撃きかなきゃどうにもならねえだろ」


「弱点……探すとかじゃねえか、現実的な話すると」


「実際戦ってみて心当りとかありました?」


「いや、一撃で倒したからな。完全にゴリ押しだったし何も分からん」


「一撃にゴリ押しって事はキミ結構脳筋な感じかな? 脳筋君って読んでいい?」


「結構心外なんで普通に止めてもらっていいですか?」


 ルナさんの言葉に普通に嫌そうにグレンはそう言う。

 ……まあそれは普通に嫌だよな。

 グレンは真面目な時は凄い頭使うし、俺個人的には頭脳派だと思ってるよ。

 ……うん、真面目な時は。


 ……と、まあ外野がどうこう言っていても何も変わらない訳で。


「あ、始まるみたいですよ」


 アリサがそう言った瞬間、Bランクのテストが始まった。


 まず先に動いたのはリーナだった。

 その場に勢いよく手を叩きつけた瞬間、目の前の巨体の幻覚の正面から結界が突き出し、そのまま勢いよく幻覚に直撃する。


 ……が。


「……駄目か」


 巨体の幻覚は一歩後ずさるだけ。

 今の一撃が全く効いていないと言えば嘘になるとは思うが、多分きっとあまりに浅い。

 そして攻撃が全く通用しなかったリーナはと言うと。


「……」


 呆然とその場に硬直していた。

 ……こ、これ本格的にヤバいんじゃないか?


 ……とは思ったものの。


「いやーあれでほぼノーダメージかぁ。噂には聞いていたけど難易度無茶苦茶じゃん。これは一筋縄じゃいかないねぇ」


 ……そう言うルナさんが。

 俺達の中で最も最新のリーナを知るルナさんが、特に焦る訳でもなく普通に観戦しているという事は。


 ……あるんだろう、リーナにも勝ち筋ってのが。


 そして次の瞬間、今度は巨体の幻覚が一歩前へと足を踏み出す。

 対するリーナは、一歩後ずさって……そのまま背を向けて走り出した。


「おいあの嬢ちゃん逃げ始めたぞ」


「なぁこれ棄権させた方がいいんじゃねえか?」


 リーナが逃げ、巨体の割に素早い幻覚が追う。

 そんな光景に周囲がざわつき始める。


 逃げ。敵前逃亡。逃避。

 戦いの強さを測るこのテストでそういう事を始めればザワ付き始めるのは十分に理解できる。


 だけどそんな周囲とは対照的に、そんなリーナを見て俺達はテストが始まる前よりも落ち着いていた。


「敵前逃亡……って訳じゃないなこれ」


「そうですね。確かに焦ってはいるんでしょうけど、本当に切羽詰まって逃げてるとか、そういう表情じゃですよね」


「ああ、すっげえ前向き」


 逃げるリーナからはあまりマイナスな感情が伝わってこない。

 それどころか本当に前向きな。そんな感情が感じられる。

 そしてそれを裏付けるように。


「だからギリギリ追いつかれない程度の速度しか出ていない」


「だな。アイツが本気で逃げようと思ったら、あんな速度じゃいつになっても追いつけねえよ」


「リーナさん、何か作戦があるみたいですね」


「ああ」


「間違いねえ」


 俺達三人は今のリーナを見てそう考える事ができた。

 実際、リーナが本気で逃げた時の凄まじさを俺達は良く知っている。

 特にそのリーナに抱えられてそのスピードに乗った俺とグレンはより強く分かっている。


 今も逃げている訳だから多少なりとも逃避スキルの恩恵は得られているのだろうけど。

 ……きっと本人の本心は、目の前の敵を倒すという逃避とは正反対の所にある。


 それ故の比較的鈍足。


 と、そこでグレンが気付く。


「……アイツ、逃げながら何度か壁に手ぇ触れてんな」


「壁? ……あ、ほんとだ」


「言われてみると、あえて触れている感じがしますね」


 グレンの言う通り、幻覚から逃げるリーナは何度も壁に手を触れている。

 ……何をやりたいのかは分からねえけど……それが鍵なのか?


 と、そこで隣から「フッフッフ」というワザとらしい笑い声が聞こえて来る。

 その声の主、ルナさんは言う。


「三人共、上見てみ?」


「え、上? ってちょっと待て……は?」


「な、なんですかあれ……」


「結界……か?」


 視界の先に映った光景に、俺達は思わず困惑した声を上げる。


 上。天井。

 そのに巨大なシャンデリアでも吊るすように。


 巨大な鉄板のような結界が、天井からぶら下がる細い棒のような結界から枝分かれして形成されていた。


「何がどうなってんだ?」


 それを俺達が視認した後も暫く逃げ続けるリーナだが、リーナが壁に触れる度に吊るされた結界が少しずつ大きく……そして分厚くなっていく。


「これも応用の一つだよ」


 大きくなっていく結界と逃げるリーナを交互に見ながらルナさんは言う。


「結界の魔術の基礎的な運用方法は素早く、そして素早くできる範囲で大きさや形状と硬度のバランスの取れた結界を張る事。まず大前提として展開までの速さが大事で、理想の形にまで長い時間が掛かるようじゃ高速戦闘の実践で運用はできない。だけど時間さえかければ結構融通が利く。多分その結果があれ」


 一拍空けてルナさんは言う。


「じっくり時間をかけて大きく分厚く、密度の高い結界を作っている。緻密で地道な行動の成果物……それを天井にって事は、やりたいこと、分かってくるよね」


「……そうかッ!」


 見えた。リーナの見出だした勝ち筋が。

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