88 誰かの言葉を否定する為に

「私の……おかげ?」


 言っている事が理解できないという様子なリーナに対して俺は言う。


「お前の逃避スキルだよ」


「逃避……スキル? そ、そんなの今なんの関係があるんすか……?」


「関係しかねえんだよ。どうも俺達は、お前のスキルに治癒されてるらしい」


「治癒って……そんな非現実的な事……」


「意味わからねえのも分かるが、そうでもしないとこの出血量だ。そういう非現実的な事でも起きてねえと俺の意識戻ってきてねえだろ」


「いや、まあそうなんすけど……でも……それがなんで逃避スキルで……多分私のスキル、そういうスキルじゃないっすよ……?」


 俺達の予想通り、リーナは自分のスキルの事を正しく理解していない。以前の俺やアリサと同じだ。

 ……リーナはまだ、自分のスキルの事をシンプルに何かから逃げる時に逃げる為の力が増すような、

そういう力だと思っている。

 そんなリーナに俺は言う。


「まあ、その……なんだ。お前が俺達の事を死ぬ様な未来から逃げたいと思ってくれた。だからスキルが発動して俺達の怪我が治り始めて今に至る。俺達はそういう事だと思っている……そういうスキルだと思ってる」


「そういう……スキル?」


「お前が逃げたい。逃避したいって思った事を成す為の力を得る。その様子だと全く覚えて無いかもしれないけど、お前連中の攻撃を普通に防いで、その後半は一方的にぶっ飛ばしてたんだぜ?」


「……私が、っすか?」


「……凄かったよ、ほんと。覚えて無いお前に分かりやすく言えば、アリサよりも凄い動きしてたと思う」


 思った事を正直に話して、纏めるように俺は言う。


「とにかくお前のスキルは、お前が逃げたいと思った事から逃げる為の力をお前に与えてくれる。それで俺もグレンも、そんでお前だって生きてる」


「……」


 一応俺が語っている事は、昨日グレンが話していた事を言葉を直して言っているだけ。

 この言葉だけでは推測の域を出ない。

 だけどそれでも、リーナにも色々とその説明に対し思い当たる節があったのだろう。


「……そっか。もしかしてそれであの時の黒い霧を……」


 今まで起きた事が、仮面の男の解析スキルという答え合わせの存在が無ければ推測を出なかったその話が真実であるという事を、リーナ本人が記憶を掘り下げて認識させていく。


「……じゃあ、つまり」


 掘り下げる。

 掘り下げて、零れ落ちる。


「……そっか。やっぱり私みたいに生きてる価値の無い人間が、何でもできる訳ないか」


 そんな今初めて聞いた様な事を。


「……生きてる価値の無いって、お前……」


「あ、いや、違くて! 何でもないっす先輩! と、とにかく何にしても先輩やグレンさんが死なないで済むなら、本当に良かったっすよ……良かった」


 本当に安心するように。

 そしてその安堵の感情に零れ出た失言を隠す様に。


 もしかすると、リーナが触れられたくない過去の中核に位置するような、そんな言葉を隠すように。


「……」


 分かってる。アリサとも話した事だ。

 リーナが自分から話してくれるのを待つ。踏み込むのはそれからで良いって。

 だから今も、リーナから零れ出た言葉には触れない方が良い筈だ。リーナが誤魔化したなら今は一歩引いておくのが。既に片足だけでも踏み込んでしまっていても、そこで留めておくべきだと。俺達は事前にそう決めていた筈だった。

 ……だけど。


「……なんだよその価値が無い人間って。んな事、誰が言いやがった」


 沸いてきた見知らぬ誰かへの感情が、その言葉を押しだした。

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