37 グレンの工房 上

 アリサとリーナを部屋に案内した後、次はグレンの部屋にやってきた。

 ひとまず俺の荷物は此処に置かせてもらう事にする。

 ……さて。グレンの部屋でそれ以上何かする事があるかと言われれば今の所特に無いわけで、こうして部屋の案内が終わって荷物を置けばやる事がなくなってしまった。


「……で、まあ何事もなけりゃ完全にフリーな時間なわけだけど、これからどうする」


 グレンが俺達に対して聞いてくる。


「……どうするかって言われてもな」


 今訪れているのがこの村でなければ、ある程度外に出てやれる事もあったかもしれないけれど、今この状況ではそういう訳にはいかなくて。故に通常できるであろう暇の潰し方が実行に移せない。

 どこかでやろうと思っている事として墓参りがある訳だけど……。


「……あ、なんか降ってきたっすね」


 リーナが窓の外を見てそう言ったように、結構強めの雨が降ってきた。

 これで皆連れて墓参り行くのはちょっと……って感じがする。

 つまりは何かが起きるまで本当にやる事がない。

 もっとも何かなんて起きないほうがいいんだけども。


 そして各々今からどうするべきか、完全に黙り込んでしまってから暫くしてグレンが言う。


「ま、普通にゆっくり体休めてるだけでもいいんじゃねえの? お世辞にも馬車の中快適だった訳じゃねえだろうし、普通に疲れ溜まってんだろ。マジで何もせずに休んでるってのも良い事なんじゃねえの?」


「……ま、確かにその方がいいかもしれねえな」


「ですね」


「賛成っす」


 アリサとリーナも俺の言葉に頷いた。

 実際疲れは溜まっているだろう。

 移動の疲れに……あとは、ほんの僅かな時間ではあったけど気疲れも。


「じゃあ悪いけどそういう事で。あ、クルージ。俺ちょっと工房行ってくるから何かあったら呼んでくれ」


「工房?」


 アリサが首を傾げたので、俺が説明しておく。


「グレンは鍛冶師だからさ、あんだよ家に。仕事場っていうか工房が」


「あ、じゃあ」


 リーナが良い事を思いついたという風に言う。


「暇なんでその工房見学させてもらってもいいっすか?」


「あーまあ確かにちょっと見てみたいですかね。そういうの見た事ないですし」


 リーナの言葉に同調するようにアリサもそう言う。


「……って話になってんだけど、いいか?」


「別にいいよ。お前らなら断る理由がねえし……ま、見学してもそんなに面白いもんじゃねえと思うけどな」


 そう言うグレンだったが……なんか少し嬉しそうだった。

 まあ実際に嬉しいのだろう。

 自分が全力でやっている事に誰かが興味を持ってくれたなら、多分それはグレンのような職人には、余程偏屈な性格でもしていなければ本当に良いことなのだろうから。


「じゃあこっちだ。付いてきてくれ」


 そして俺達はどこか上機嫌なグレンと共にグレンの工房へと向かった。




 昔聞いた話、とうやらグレンの家ははひい祖父さんの代から鍛冶師をやっているらしい。

 そしてそうして蓄積された技術をしっかりと継承しているグレンの実力は中々の物だと思っている。

 だけどまあ村の鍛冶師として仕事をしていくだけで高い能力が必要かといえばそうでもなくて。たとえ凄い技術を駆使していたとしても理解できる人間がいなくて。

 そしてそもそも何か興味を持たれる事も少なくて。


「此処が俺の工房だ」


 だから俺達が専門的な事に対し曖昧な評価を下す事しかできない素人でも、こうして上機嫌に自身の仕事場を紹介しているのだろうと思う。

 ……で、そんな上機嫌なグレンに案内された工房を見たリーナの第一声。


「へぇ、なんか意外と鍛冶工房感あるっすね」


「いや、意外とってなんだよ意外とって。コイツ一応これで飯食ってんだから鍛冶工房感あって当然じゃねえか」


 と、俺がリーナにツッコミを入れている隣りで、アリサがグレンに問いかける。


「此処で一体どんな物を作ってるんですか?」


「基本的には包丁から鍋まで何でも作ってる。一応今の本職としてはそんな感じだな」


 だけど、とグレンは言う。


「本当にやりたいのはそこじゃねえ。将来的に俺は自分の事を刀鍛冶って言える様になりてえって思ってる」


「へぇ、刀鍛冶ですか。ちなみに何か作った物とかはあります?」


「そこに置いてある奴が、この前王都に向かう直前に作った奴だ。現時点、俺の最高傑作」


 と、グレンが指を刺す方を見ると、机の上に一本の鞘に納められた刀が乗ってるのが視界に入った。


「最高傑作……え、ちょっと握ってみていいか?」


「いいぜ別に」


「じゃあお言葉に甘えて」


 言いながら俺は刀を手に取り鞘から刀身を抜いてみる。


「なんか凄い綺麗ですね」


「パっと見美術品みたいっすよ」


「確かになんかすげえなコレ」


 二人が言う通り、本当に美術品みたいに綺麗だ。

 なんだか俺は今とても価値のある物に触れてるんじゃないかって思う。

 そして俺は刀を手に周囲から少し離れた場所に移動して、そして軽く振ってみる。


「……いや見た目だけじゃねえな。重さとかすげえしっくり来る。あとなんて言えばいいのかな……うん、振りやすい」


 あーうん。駄目だ。知識がなさすぎる。自分で言ってて何だけどなにこのしょうもないコメント。

 ……だけどまあ、そんな俺でもこれが良い刀だって事は良く分かる。

 そして俺のしょうもないコメントを受けてグレンは笑って言う。


「だろ? 当然切れ味も抜群。あとは魔術を比較的付与しやすく調整してあったりもする。今俺がやれる事を全部ぶち込んだのがそれだ」


「なるほど……ちなみに名前とかねえの?」


「決めてある」


 グレンは一拍空けてから言う。


「閃風。なんかそれっぽくて良い感じの名前だろ。それこそ名前だけなら倶利伽羅シリーズみてえにすげえ

刀みたいだろ?」


「確かに。でもすげえ刀みたいじゃなくて実際に凄い刀じゃねえのかこれ」


「……いや、まだまだだな。まだ倶利伽羅シリーズの足元にも及ばない。つまりは現状名前負けだよソイツは」


「……そうか? 確かにお前から貰った刀もすげえけどこの閃風だって……」


「いや、ほんとまだまだだ。それだけすげえ刀なんだよ倶利伽羅シリーズの刀ってのは」


 そして一拍空けてからグレンは言う。


「こんな簡単に超えられる程度の物だったら端から憧れてねえよ」


「……そっか」


 まあグレンが言うのならきっとそうなのだろう。

 だけどまあ、そうだとしても。


「だとしてもお前の刀は充分すげえ部類に入ると俺は思うよ」


「そうか……ありがとな」


 そう言ってグレンは笑う。

 そしてそんなグレンにリーナが不思議そうに問いかけた。


「んー、私も正直素人目っすけど凄い刀だと思うんすよ。それこそ一端の刀鍛冶を名乗っていい位には。だから正直王都で商売始めたりすればある程度成功できると思うんすよ。そういう品評会とかで名前売るチャンスだってあるっすから。なのになんでまだこんな所にいるんすか」

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