38 グレンの工房 中
「なんで……か。まあ確かにさっさと王都にでも出てしまった方が良いのは間違いねえよな」
グレンはリーナの問いに静かにそう言って、そして一拍空けてから複雑そうな表情で答える。
「だけどまあなんつーか、簡単な話じゃねえんだよな、それ」
「いや、まあそりゃ簡単じゃないかもしれないっすけど……」
「ああ。簡単じゃないんだ」
グレンは少し考えを纏める様に間を空けてからリーナに言う。
「今の俺は無名の鍛冶師だ。そして新規参入の無名の鍛冶師が簡単にやっていける程、王都の様な激戦区での仕事は甘くねえ。だからこそ無名から一気に脱却する為のプロセスか、もしくは緩やかに進んでいてもある程度身が持つ位の経済的なゆとりが必要になってくる」
「……まあそうっすけど、それこそ王都に居れば無名から脱却するチャンスがあるじゃないっすか。例えばさっきも言ったっすけど、そういう類の品評会とかで」
「まあ確かに名前を売るには絶好の場かもしれねえが、そもそもああいう品評会なんかは無名の鍛冶師がエントリーできる物じゃねえんだ。ある程度以上の実績か、もしくは言い方がわりいかもしれねえけどコネとか。そう言った物があって初めてそういう場に立つ事ができる。仮に凄いの作れてそれ持って直談判とかしたとしても、事務手続きやってる人間が有識者かどうかって言われればそうでもねえ。無名でなんのコネもねえ俺は門前払いだ」
第一それ以前に、とグレンは言う。
「俺の技術がそういうのに出てくる実績のある連中と肩を並べられるかと言われればそうじゃねえ。俺はまだ精々一端の鍛冶師だ。そもそも一端程度の鍛冶師がそんな場で評価されるんだったら、この業界は終わりに向かってる。ほんとにさ、すげえ技術の結晶が集まるんだよそういう品評会は」
そしてグレンは苦笑いを浮かべながら言う。
「だから俺が王都で刀鍛冶をやろうと思えば、実績もコネも知名度も何もないまっさらな状態から自分の工房を構えてやっていく必要がある。そうなりゃそれ相応の資金がいる訳で今は開業資金貯めてんだよ。一応今はある程度安定した収入があるからな。まだもう少し貯めねえと駄目そうだ」
そう、グレンがある程度の実力を持っていても王都に出てこないのにはそういう理由はある。
意欲はある。だけど現実的な事を考えれば意欲だけでは事は進められない。つまりはそういう事だ。
だけど今の説明だけでは正直まだ不足していて、そしてそれに気付いたリーナがグレンに改めて問いかける。
「あのー、なんて言えばいいんすかね。正直それってどこかの鍛冶師さんにうまく弟子入りとかできればリスクも負担も少なく解決するんじゃないっすか?」
そう、確かにその通りだ。
何も自分で工房を持たなければ鍛冶師として活動できない訳ではない。
既にそこで活動している鍛冶師に弟子入りというルートが存在する。
もしそうなれた場合ひとまずは自分で工房を用意しなくても王都で活動できるし、技術だって盗めて給料も出る。それに加えてそういうコミュニティーに入りこむ事によって親方が持つ様なコネが使えたり、同業や各業種へのパイプだってできやすくなるだろう。
正直完全な無名がいきなり自分の工房を持つなんて事は非常にレアケースで、普通はどこかにお世話になる様な事が一般的な筈なんだ。
そしてグレンには意欲もあって、現時点で一端の鍛冶師として活動できるだけの実力がある。雇っておいて、弟子として取って決して損な人材ではない。
……ない、筈なんだ。
だけどそれはそういう業界に携わっていない素人の考えで。実際に現場で鍛冶師として働く人間がどう思うかと言われると話はまるで違う。
「そりゃまあその通りなんだが……基本俺は門前払いだよ」
……グレンはもう何度だって色々な所に当たって門前払いを食らっている。
言われるまでもなく、意欲があるグレンは既にそういう行動を取っているんだ。
「……門前払いって……なんでそんな事」
アリサが不思議そうにそう言う。
そりゃ不思議なのは分かる。
実際グレンは刀鍛冶として一定の実力を持っているのだから。完全な素人が転がり込んでくるよりはきっと有望で、そして仕事を手伝わせるという点でも有能だ。
だけどそれでもグレンはまだ此処にいる。
此処に止まってしまっている理由がある。
「そもそもこの刀って武器は異国の武器だ。受け入れて貰える所自体が少ない。それに……まあ、そんな事より……」
そしてグレンは少し言いにくそうに間を空けてから、苦笑いを浮かべて言う。
「俺のスキルはEランクの探知スキルだからな。鍛冶士と何も関係ねえ。あった所でぼぼ何もないのと変わらないEランクだ。その時点で振るいに掛けられる。見込みがない。将来性がないって終わっちまう。ほんと、思った以上に職人の世界はスキル至上主義なんだよな」
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