36 纏わり付く自己嫌悪

 結局昨日の夜は殆ど眠れなかった。

 どこまで行っても自己嫌悪は完結しなくて、そうやって頭を抱えれば抱える程目が冴えて、いつまでたっても眠りにつけない。

 自己嫌悪が止まらない。


 そしてそれは朝目が覚めてからも変わらなくて、昨日の夜もそうだったのだがまともに食事が喉を通らず、慢性的に頭と胃が痛い。何かをしようという気力も削ぎ落とされている様な気がした。


「……」


 だけどそれでも、俺は重い腰を上げて外出する事にした。

 足を運んだのは……アレックス達の墓。

 墓参り……とは違うだろう。今回はきっとそんなに綺麗なものじゃない。とても自分本意な理由で此処に足を運んでいる。


 ……多分吐き出すものを吐き出して、一人で自分勝手に少しでも楽になりたかったんだ。


 そんなそれこそ自分本意。自己中心的な理由。


「……ごめん、みんな」


 だから自然と沸いて出た震えた言葉に。


「……ごめん」


 そんな心からの言葉に、本当にそんな相手を思うような感情が籠っているのかも分からない。

 なにせそんな事を疑ってしまうような人間性の俺がいるからこそ、結果的にアレックス達は此処にいるのだから。

 そして……仮に心からのそう思えていた所で、自分の精神の安定の為にここでこうしているという事実が。この期に及んでアレックス達を利用している自分が、酷く醜い存在に思えて仕方がない。


 そしてそれが事実なのだから本当に救いようがない。


 ……明日になれば。アリサやリーナとまた顔を合わせれば、この感情から解放されるのだろうか?

 正直それすらも分からない。


 一つ言える事は、昨日の俺の感情の動きという奴は随分と都合が良かった。

 都合よく深く考える前に。自己嫌悪のループに陥る前に。あの時間だけでもこの思考と感情を隅に追いやれた。だからこそ、俺は笑っていられた。


 だけど今はもうこの自己嫌悪のループから抜け出せないでいる。


 楽しい時間の中で生まれたのではなく、それを持ったままその時間に臨む事になる事を考えれば、昨日と同じ事を自然とやれるかなんてのは分からない。

 ……解放されるかなんてのは分からない。


 だけどそうしなければならないという事は理解できる。


 こればかりは俺がそれから逃避したいとかそういう話ではなく。

 そうしなければ駄目だろうと思うから。あの空間にこんな感情を持ちこんで台無しにしたくないんだ。

 あの二人に、余計な気を使わせないようにしたいんだ。


 だったらどうすればいいのだろうか。

 とりあえず笑顔の練習でもしておけばいいのだろうか?


 それはよく分からないけれど、とにかく明日までにはどうにかしよう。

 せめてアイツらの前位では昨日の様な俺を演じられるように。

 アイツらの思うクルージという人間でいられる様に。


 と、そんな事を考えていた時、冷たい滴が首筋に当たったのが分かった。


「……雨」


 そういえば家を出た時から雲行きは怪しかった。それは分かっていた。

 だけど傘なんてのは持ってきていない。そこまで頭が回らなかった。


 だけどまあ別にいいと思った。

 雨が降ったからどうだというのだろうか。別にもうそんなのはどうだっていい。


 そんな事よりも俺はどうすればいいのだろうか。

 一体、どうすれば。


 そんな事を自己嫌悪に交えて考えていたその時だった。


「……クルージさん?」


 突然掛けられた聞き馴染みのある声に反応すると……そこにはまさか俺と出会うとは思わなかったという風に驚いた表情を浮かべるアリサがいた。

 多分今の俺にとって……最も出会ってはいけない相手が。

 この有様を見せてはいけない相手が、そこにいた。

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