35 酷く醜く身勝手な自分

 その後、俺達は次に仕事をする日程を決める事にした。

 俺やリーナは明日からでもこの新パーティーでの活動を初めても良かったのだが、明日は明日でアリサにどうしても外せない用事があるらしいので、実施日は明後日という事になった。

 ……まあ俺も日用品などを全く買いに行けてない。行けてないが故に先程のトラブルが発生したわけで、明日こそはその辺りを買い揃えに行く感じで良いだろう。


 そしてそんな打ち合わせをしていた時だった。


「あ、雨止んだっすね」


「ほんとですね」


 窓の外で激しく降っていた大雨は気が付けば止んでいた。

 実は俺の家に傘が一本しかなく、アリサとリーナは雨が止むのを待っていた状態だった訳だが、とりあえずこれで帰る事ができる訳だ。


「じゃあ丁度打ち合わせも終わった訳っすから、また降り出す前に失礼するっすかね」


「そうですね。今のうちに急いで帰りますか」


 そう言って二人は立ち上がる。


「ま、その方がいいだろうな」


 そして俺も二人を見送るために立ち上がり、玄関先まで二人に付いて行く。


「とりあえずお前ら、気を付けて帰れよ」


「はい」


「わかってるっすよ」


 二人はそう返して、そしてアリサが言う。


「じゃあまた明後日。よろしくお願いします」


「それまでにまた魔術勉強してくるっす」


「おう」


 そう言って、二人は扉を開けて俺の家から出ていった。

 ……と思ったら再び扉が開かれた。

 開けたのはリーナである。


「どした? なんか忘れ物か?」


「あ、いや一応確認しときたいことがあって」


 そしてリーナは俺に聞いてくる。


「私はまあ勝手にそう思ってたんすけど……先輩とも友達って事でいいんすかね?」


「いいんじゃね」


 否定する理由は無かったし、俺も意識はしていなかったけれど、まあ多分俺もそんな様な感覚でいたのだと思う。

 だからその言葉は無意識にあっさりと出てきた。


 そして俺の返答を聞いて笑ったリーナは上機嫌そうに言う。


「そう言ってもらえて嬉しいっす」


 そしてリーナは扉を半分閉めながら、去り際に言う


「ではでは先輩、今日は色々とありがとうございました。また明後日」


「おう、またな、リーナ」


 そして上機嫌そうなリーナは扉を閉める。

 その後、扉の向こうから声が聞こえた。


「あ、お待たせっすアリサちゃん」


「じゃあ行きましょうか。家、どっちの方角です?」


「向こうっす」


「あ、方向同じですね」


「というか私の家割りと近所っすよ」


「……あれ、なんで私の家知ってるんですか?」


「先輩とアリサちゃんを探していた時に。というかまあ事情は察してるし無茶苦茶失礼な質問なのは承知っすけど……中大丈夫なんすか?」


「クルージさんと同じような反応してますね……結構都ってますよ」


「へぇ……じゃあとりあえず今度遊びに行ってもいいっすか?」


「いいですよ。あ、じゃあボクも今度リーナさんの家にお邪魔してもいいですか?」


「当然っすよ」


 と、そんなやり取りをしながら二人の声は遠ざかって行く。

 そんなやり取りを聞いていると。今日の二人の様子を見ていると。改めてあの二人の関係が壊れてしまわなくて良かったと思う。

 だから今日は本当にいい一日だったと思う。

 色々な事がいい方向に転がってくれた。

 それに、俺個人としても結構楽しい一日だった。

 なんやかんやリーナとアリサを探している間は退屈しなかったし、家に帰ってからもまあアクシデントはあったけども、それでも楽しい時間を過ごせたと思う。


 それに……友達、か。


 村を出るとき、グレンを除けばまともな人間関係というのはほぼ消え去って、王都に来てからも自分から人を遠ざけて。手を差し伸べてくれたアレックス達との仲は結局破綻してしまって。


 とにかくクルージという人間の人間関係というのはつい最近まで壊滅的だったのだ。


 それが今ではアリサやリーナという仲間で、そして友達と呼べる存在がいる。


 だから今、大袈裟かもしれないけれど……生きるのが楽しい。

 そういう奴らと過ごす時間というのは、本当に楽しいんだ。



 楽しかったからこそ、隅に追いやれた。

 何気ない会話の中でふと辿り着いてしまった一つの疑問を頭の隅に。

 楽しいと思える様な時間はそうやって都合の悪い事は思考から切り離し、笑っていられたんだ。


 逃避していたんだ。


「……」


 だけどそうした問題に、一人になったら向き合わざるを得ない。

 向き合いたくなくても、思考が自然とそちらに寄っていく。反らしてくれる誰かはもう此処にはいない。

 だから俺は自身に疑問を突きたてる。


 俺のスキルがリーナと二人で仮説を立て、そしてアリサとの会話と情報の擦り合わせにより実質的に確定したと言ってもいい。

 このスキルは俺にとっての幸運や幸福を齎す自分本位のスキルだ。多分、間違いない。


 そしてそのスキルの効果によりアリサの不運スキルを相殺できていたとして。




 ……では、どうしてかつて俺の住んでいた村の中で、俺だけがあらゆる厄災で被害を被らなかったのだろうか?

 ……では、どうしてアレックス達にだけ不運な事が置き続けたのだろうか。



 ルークの話を考慮するに、少なくともアレックス達は俺の幸運スキルの恩恵を受けていたのは間違いないだろう。

 その中でもし俺のスキルが自分とその周囲の運気を引き上げる様なスキルだったとすれば、俺が一番その恩恵を受け取っていて、周囲の人間への効力は落ちるから、結果アレックス達に不運が続いた様に見えたという様な説明ができる。

 村の皆もそうだ。俺がそういうスキルだったなら、そもそも俺のスキルの届く効果範囲外に居たのではないかという考え方だってできた。そもそも村が襲われたりしている時点で俺にとっては不運以外の何物でもないけれど、そんな中で俺が自分という効果範囲内にいたからこそ無事だったという考え方だってできたんだ。


 だけどこのスキルが自分本位のスキルだとすれば。

 俺にとっての幸運や幸福を齎すスキルだというのならば話は別だ。


 ……俺だけが良い思いをした。


 確かにアレックス達や村の皆に影響は与えられていたのかもしれない。

 だけど齎された結果に此処まで酷い差が付いたというのは……もうそれは、そういう事だろう。


 パーティーの連中や村の皆にも良い事があればいい。

 だけど何より自分が。まず何より自分自身が。せめて自分だけでもいい思いをしたい。助かりたい。


 そんな自分の事しか考えていない、どうしようもなく自己中心的で救いようのない人間。

 今日、俺達は仮説を立て、そんな人間がクルージという人間の中に居座っているという事実を立証してしまったのだ。

 必死に否定材料を潰して。その仮説が正しいという事を祈って。ほぼ確定事項へと押し上げて。


 そうやって、自分の首を絞めていたんだ。

 絞めきってから、そんな自分を知覚したんだ。


 そして。そんな自分がそこに居たのだとすれば。


「……俺はなんてお前らに詫びりゃいいんだよ、アレックス」


 限界まで俺に手を差し伸べ続けてくれた人間を裏切っていたのは俺で。

 それが原因で俺はアレックス達のパーティーを追放され、それが最終的にアレックス達への死に繋がった。


 だとすれば。


「……お前らを殺したの、半分俺みたいなもんじゃねえかよ」


 少なくともアリサのスキルを相殺できる俺ならば。今と同じ事ができていれば。

 もっとアイツらの役に立てた筈だった。

 アイツらを死なせずに済んだ筈だったんだ。


「……」


 考えても考えても、この感情をどこに着地させていいのかが分からなくて。

 考える事から逃げようと思っても、縛られたようにその思考から逃げる事ができない。


 ……そんな事実に。現実に。


 今から一人で向き合って行かなければならない。


 少なくとも明後日。再び現実から逃避できる日が来るまで。


 そうやって逃避できる逃げ道を認識している事に。待ち望んでいる事に。嫌悪感を抱きながら。

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