16 そして彼女は嘘を吐く

 やがて薬草の採取を終えた俺達は、ギルドへと戻る事にした。

 採取から帰路に付くまでの間は魔獣の襲撃はなく、通常東の草原に出現するモンスターと何度かかち合った位だ。やはりというか間違いなく、今この東の草原に出現していた魔獣の総数を二度目の襲撃でぶつけられたのではないかと思う。

 まあとにかく、そのおかげもあって俺達は三人とも無傷でギルドへと帰還する事ができた。


「え、薬草摘んできたんですか!? 魔獣が出てるってあの状況で!?」


 受付嬢のお姉さんに依頼の報告をおこなうと、驚愕した様子でそう言われた。


「まさかとは思いますけど、お二人が合流してから摘んだりしてた訳じゃないですよね? 見つけた時にはもう終わってたって感じですよね?」


「いや、それが違うんすよ。お二人に手伝ってもらったっす」


「……えーっとクルージさんにアリサさん。ちょっといいですか?」


「は、はい」


「な、なんでしょう」


 受付嬢のお姉さんに妙にドスの効いた声で呼ばれて、俺もアリサも思わずそんな声を出す。

 そしてそのままドスの効いた声で言われた。


「どう考えても悠長にそんな事してる場合じゃないでしょう」


 結構マジな説教だった。


「魔獣の総数も分からない。そもそも魔獣が発生しているという事は何かが起きている。何が起きるか分からない状況です。第一その魔獣と戦ってご自身が大怪我した事を忘れてませんか。なにより――」


 聞けば聞くほど正論で反論の余地が無くて、気が付けば三人で床に正座して話を聞く形に。


 うん、確かに飯一回二回位奢ってやってもよかった訳で……うん、多分間違いなく俺達の判断ミスだって思ったよ。


 ……結果的に今回は大丈夫だっただけで。

 アリサが居てもそれでもどうにもならない状況に陥る可能性も全くなかった訳ではないだろうから。


 ちなみに、そんなやり取りこそあったものの、リーナの薬草採集の報酬はしっかりと出た。

 それも現場状況を考慮して普段よりも遥かに多いであろう報酬額を。


 そういう風にしっかりと手当ての様な物もついて。本来であれば無茶な仕事を振られる事もなくて。そして無茶をしたらマジギレされる。

 ……改めてそんなギルドに登録して仕事をこなす冒険者という職業は案外ホワイトなんじゃないかって、そう思ったよ。



 とにかく、俺達三人は各々の依頼を完遂し、報酬を得た。

 時刻は昼過ぎ。少し遅いが昼食を取る時間としては遅くはない。

 だから俺達三人はとりあえずギルドに入っている飲食店で昼食を取ることにした。うまいしなにより安いし。リーナの財布にも優しいのでここが一番いいだろう。


 俺が頼んだのはカレーだ。というか皆アリサもリーナもカレーだった。仕方ない。うまいもん。

 さて、そんなカレーを食べていた俺達の席だが、今日は特別端の方を陣取ってはいない。

 ……アリサが率先して真ん中の方の席に座っていた。


 ……その行為は別におかしな事ではない。

 少なくとも今は他人の運気を下げるような事は無いわけで、その行為で不利益を被る人間など基本的にはいない。

 ただこちらの事情がまだ伝わりきっていない人間が数人、少し席を変えただけ。


 だけど少しだけ妙に思った。

 アリサなら、そういう人間がいるという理由で端の方に行くと思ってたから。

 実際、この一週間で何回か一緒に飯に行った際も、自分を知った人間がおそらくいないにも関わらず、半ば習性の様に端の席に座っていた。

 ……別に悪い訳ではない。

 ……でも一体どうしたのだろうか?


 ……まあ別にあえて聞かないけど。


 ……なにしろアリサとリーナがいい感じの雰囲気なんだ。

 なんかうまく言えねえけど、仲のいい友達通しの雰囲気というか。まあ、あんまり変なこと言って壊したくない様な。

 壊しちゃいけないような、そんな気がする。


「それにしてもリーナさん、よく魔獣から逃げれてましたね」


 アリサがふと気になった様に、雑談の中でそんな事を問いかける。

 確かにそれは俺も気になっていた。

 魔獣の走るスピードは尋常じゃなく早い筈なのだけれど、リーナはそれをダッシュで逃げてた。転んだり体力が尽きたりしなければ逃げ続けられる様なスピードでだ。

 ……正直それは駆け出しの冒険者がやれるような事ではない。


 そしてリーナはアリサの問いに答える。


「あーそれ私のスキルのおかげっすね」


「ま、考えられるとしたらそうなるわな。で、なに? 走るスピードは無茶苦茶引き上げる様なスキル?」


「まあ似たようなもんっすね」


 そして一拍開けてから、リーナはドヤ顔気味に俺達に向けて言う。


「私のスキルはSランクの『逃避』スキルっす。ざっくり言えばとにかく逃げてる時に物事がまあうまく行くんすよ」


「……」


「……」


「なんで二人とも黙るんすか」


 だってドヤ顔で言える様な奴じゃなくない? まあSランクだし実用性もあるしすげえスキルなのは分かるけど。


「なるほど。二人とも私のスキルがドヤ顔で言える様な物じゃねえだろって思ってるっすね」


 二人ともかはしらんが大正解である。


「だったらお二人がどんな立派なスキルを持っているか。教えて貰うっすよ!」


 そう言って妙な対抗意識の様な物を燃やすリーナがそう言う。

 ……いいだろう。だったら教えてやる。

 かつては最悪なスキルだと思っていたが、そんなスキルではないことをアリサが証明してくれた。

 疫病神ではないと言ってくれた。


 だから俺は堂々とリーナに言う。


「俺のはSSランクの『幸運』スキル。文字通り運が良くなるんだ。俺と、俺の周りの人間のな」


「え、SSランクの幸運スキル!? マジでぱない奴じゃないっすか!」


「だろ?」


「でもやっぱドヤ顔されると少し腹立つっすね」


「いやだからお前には言われたくねえけど!?」


 無茶苦茶ブーメラン投げてるからなお前!


「それで、アリサちゃんのはどんなスキルっすか?」


 そして、当然の様にその言葉はアリサへと向けられる。

 ……ってこれ大丈夫なのか?


 リーナはアリサのスキルの事を聞いても……今と態度を変えずにいられるのか?


 そんな不安が脳裏を過った。

 どこかで次の瞬間には、今の空気が。アリサとリーナに折角築かれた関係性が壊れている様な気がして。


 そしてアリサは言う。


「ボ、ボクのはDランクの探知スキルですね。ランク低いんで殆ど役に立たないですけど」


「……ッ!?」


 そんな、いずれは間違いなく露見するような嘘を。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る