まれびと まねかれて


 豪華絢爛ごうかけんらん


 澪丸たちの前に所狭しと並べられた料理を一言であらわすのに、それ以外の言葉は見つからなかった。


 燃えるような赤色をした魚に、宝石のように輝く貝。澪丸は海の幸については詳しくなかったため、その名前は見当もつかなかったが、それらが旬の上質な食材であることは容易に想像できた。隣に座る茜がその輝きに目を見張るさまが、少年の視界に映る。


「ささ、じゃんじゃん食ってくれぃ。あんたらは、『まれびと』なんだから」


 澪丸たちをここへ案内したがたいの良い男――新八と名乗った――は、調子の良い声でそう告げる。その言葉が終わるや否や、向かいの席に座っていた雅々奈が魚の頭にかぶりついた。彼女の野生的なまでの食いっぷりに、男が感心したような声をあげる。そして――主人のその行動に触発されたように、碗太郎もまた、目の前の皿の上の料理をくわえたのだった。


 

 ここは、先ほど澪丸たちがいた砂浜からほど近いところにある村の、集会所のような場所であった。新八のほかにも、およそ三十人ほどの村の男や女がこの場に集まり、酒を飲みながら宴会をはじめている。


 なんでも、この伊波村いなみむらには、毎年春に「まれびと」を歓待する風習があるというのだ。


 「まれびと」とは、村の外から来る旅人のことを指す……と、澪丸は男に教えられた。「まれびと」を迎え入れるのは、村に新しい風を吹き入れ、毎日の繰り返しに退屈した村人たちに刺激を与えるためだという。今年の「まれびと」を探していたという新八によると、澪丸たちは他の旅人に比べてもいちだんと風変わりな一行であった(なんせ、魔族までいるのだ)ために、思わず声をかけたと、そういうことであったらしい。


 澪丸は、一刻も早く「鬼ヶ島」に辿り着きたかったため、その誘いを断ろうとしたが――他のふたりと一匹が案外乗り気で誘いを受けてしまったため、仕方なくそれに着いていくかたちになったのである。


 出された酒を断り、ちびちびと茶をすすりながら、澪丸は思う。


(この、村人にしても。魔族を恐れない人間というのは、案外、俺が思うより多く存在するのか……?)


 彼らは碗太郎を見て、その大きさに驚きはしつつも、魔族であるからといって邪険には扱わなかった。それどころか、碗太郎もまた「まれびと」としてこの集会所に立ち入らせ、澪丸たちと同じように料理を振る舞っているのだ。


(人と魔族に埋められない溝があるという考えは、俺の思い込みに過ぎないのか?)


 華やかな宴会の場にあって、澪丸はひとり、心の中で苦悩する。


(いや――それは違う。げんに俺は、見てきたじゃないか。人間の世が、魔族によって滅ぼされる光景を !)


 少年が雑念を振り払うように首を横に振った瞬間、ふと、新八が酒の入った小瓶を振り上げながら声を発した。


「お嬢さん、せっかくなんで、その編み笠も外しちまったらどうだい? あんたの可愛らしい顔がよく見えませんぜ」


 すでに相当な量の酒が入っているのか、彼は茶化すような言葉遣いで茜へと詰め寄る。当の茜は困り顔を浮かべ、助けを求めるように澪丸のほうを向いていた。


「うむ……」


 いくらこの村人たちが魔族を恐れないとはいえ、やはり茜が鬼であるということは、できるだけ隠しておきたかった。澪丸はほんの少し思案したあと、冷静な口調で口を開く。


御仁ごじん、どうかそれは勘弁してやってはくれないか」

「あぁん? なんだい、もしかして嫁さんの顔を他の男にジロジロ見られるのは忍びないのかい?」

「よめさん……!?」


 新八の言葉に、茜は顔を赤くして頓狂とんきょうな声をあげる。彼のその解釈は、さすがの澪丸にも予想外で……少年はすこしばかり狼狽ろうばいして、取り繕うようにまた口を開く。


「いや、俺とこいつは夫婦めおとではない。うむ……そうだ! こいつは、この年にしてすでに薄毛になっていて……それを他の者に見られたくないから、つねに編み笠をしているんだ」

「お師匠……?」


 その言葉に、茜が文字通り鬼のような恐ろしい視線を澪丸へと飛ばす。少年は全身に冷や汗をかいたまま、話題を変えるようにして新八へと尋ねた。


「そ……そう、ひとつ気になることがあって、それをこの村の誰かにきこうと思っていたところでな。――『鬼ヶ島』という場所のことを、なにか知らないか?」


 ずいぶんと強引な話題の変え方ではあったが、酔いの回った新八にとっては、それはたいした問題ではないようだった。澪丸の問いに対して、「知ってるぜ!」と威勢良くこたえたあと、とめどなく喋りはじめる。


「そいつぁ、ここから北に一日ほど歩いたところ……新羅にらヶ浜から見える島のことだ。昔から、たくさんの鬼が住んでるって聞くな」

「――なるほど」

「だが、おまえさん、そこに行くのはやめといたほうがいいぜ。なんせ、その島には『厭土えんど』っつー恐ろしい鬼がいるみてぇだからなぁ。そう……泣く子も黙る『人喰い鬼』さ。おらも直接見たことはねぇが、なんでもそいつは、好きこのんで人間を喰う鬼らしい。こんなふうに、人間をひと飲みにするってウワサだぜ」


 そう言って、新八は刺身をたっぷり醤油につけてから、大口を開けてそれを飲み込む。


「だから、なにが目的かは知らねーが、そこに行くのはやめといたほうがいい。きっと、命がいくつあっても足りねぇよ」

「…………」


 そこまでを聞き終えて、澪丸は考える。


 大酷山の雅々奈のときも、似たような話を聞いたが――結局、彼女は人であった。だから、このような話には尾ひれがついて回るものだということは、澪丸も承知している。


 だが。「人喰い」という言葉と、「厭土えんど」という名前が、否応なく、少年にあの魔神を連想させるのである。箸を持つ少年の手が震え、表情がこわばる。



(来た……ついに、ここまで。魔神よ、首を洗って待っていろ。おまえは、俺が、必ず――殺す)


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