海より出ずる神
宴会が終わったあと、澪丸たちは集会所の外、村の外れにある広場のようなところに案内された。高台になったその場所からは、夜の海が一望できる。
ふつうならば、その壮大な眺めに目を奪われるところだったが――いま澪丸たちの目を引くのは、広場の中央で燃える巨大な焚き火と、その周囲を
なにやら見慣れない文様がついた仮面を被り、呪文のようなものを唱えながら舞うその女たちは、炎の揺らめきに呼応するかのように、柔らかく、そして力強く手足を踊らせる。
「あれは、『まれびと』を歓待したときに行う、
「
新八の説明に対し、澪丸は
「そう。この村には、『おんじき様』っていう、
「なるほど……」
揺らめく炎と、踊る女たちを見ながら、澪丸は呟く。そして、隣に立つ
「無知で申し訳ないが――その『
その問いに、新八はすこし考えるそぶりを見せたあと、腕組みをしながら告げた。
「うーん、それについては、おらもよく知らねえが……
明神。
それは、人間の使う
だが、「明神」が果たしてどんな存在であったのか、そしてそれがなぜ死に至ったのかは、まったく語られることはなかった。それは意図的に隠されたというよりは、澪丸の両親ですらも知らないことだったのだろう。
だが――いまの澪丸には、少しばかり推測できることもある。
(あの山中にあった「時渡り」の力を持った
焚き火を取り囲んで舞う女たちを見て、ふと、澪丸の脳裏に、「明神の洞窟」で出会った、あの女の存在が浮かぶ。
蛇のような目をしたあの女は、澪丸をこの時代へとふたたび「時渡り」させた。彼女が何者かはまったく分からなかったが……その気配もまた、人間でも魔族でもなかったのだ。
あれがもしも「
「わんたろぉー。なぁ、わんたろぉ」
そのとき、遅れて集会所から出てきた雅々奈の声が、澪丸の耳に届いた。後ろを振り向くと、巨犬に体を預けたまま
「ががなちゃんは、なんだかんだいって、おまえのことがすきだぞぉー。もふもふ……もふもふ……」
どうやら相当酒が入っているらしく、彼女は
「ガガちゃん、いっぱいお酒のんでたからね……」
それまで踊る女たちを見ていた茜が、澪丸へと顔を向けて、苦笑いを浮かべる。
それから、彼女は少しだけ頬を膨らませて、澪丸へと問いかけた。
「――ところで、お師匠。どうしてさっき、うそでも『わたしと夫婦だ』って言ってくれなかったの?」
「……薄毛だと言ったことを、根に持っているのか?」
「ちがうわ」
「だったら、なんだ」
「……わからないなら、べつにいいわ」
茜の言わんとしていることが分からず、澪丸は首をかしげる。はて、なにかおかしなことでも言ってしまったかな……と少年は思案するが、いっこうにその答えは出てこない。
そんなやり取りをしている間にも、焚き火の炎はしだいにその激しさを増していく。仮面をつけて踊る女たちの動きも、それに合わせて大きくなっているように思えた。村人たちはどこから取り出してきたのか、
(運が良ければ、「おんじき様」とやらが姿を現すと、そう言っていたな……)
澪丸がふと新八の言っていた言葉を思い出して、その
春の夜の暖かい空気を塗りつぶすような、あまりにも不吉な感覚が、澪丸の脳裏を襲った。
(――――ッ!? なんだ!?)
反射的に刀の柄に手をかけて、澪丸は暗い海のほうを
この広場が存在する小高い丘の下、波が打ち寄せる岩の隙間から、
「――おんじき様!」
「おんじきさま!」
そのとき、焚き火の周りを踊っていた女たちがふいに動きを止めて、息も切れ切れに同じ言葉を発した。
「おんじき様!」「おんじき様」「……おんじき様!」「おんじき様」「――おんじき様!」
女たちが仮面の下から叫ぶ声で、広場は瞬く間に狂乱の様相を見せる。村人たちも、それに続くようにして
「なんだ……なにが、起こっている!?」
――そのとき、戸惑う澪丸の前に、海から上がってきた泥の塊が躍り出て……
「なっ……!?」
悲鳴ひとつ、あがらなかった。ただ、泥の中に飲み込まれた女たちは、一瞬のうちに手足をその中にうずもれさせていく。彼女たちが抵抗する気配は、なかった。
そして。
底のつぶれた球体のような形をつくった黒い泥の塊が、澪丸たちのほうを向いた。その表面に、女たちが被っていた仮面が、ぼこりぼこりと浮かび上がる。
(くっ……これが、「おんじき様」だというのか!?)
いまだ感じたことのない、不快で不可思議な気配が、澪丸の頭に警鐘を鳴らす。
それはまさしく、魔族でも、ましてや人間でもなく――
「
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