第二階層

三ヵ路ユーリ

第二階層

俺は、自他共に認める優秀な宇宙飛行士だ。


幾多の訓練をこなし、宇宙行きの切符をついに手にする時が来た。


頼れる三人のクルーと共にロケットに乗り込み──

夢にまで見た運命の時が、まさに今だ。


『メインエンジン、スタート──5秒前。4……3……2……1……発射リフトオフ


──ゴゴゴ……ゴゴォォ……!!


激しい、激しい振動。

身体に浮遊感を覚えるも、ガッチリとシートに固定された我々に、成す術はない。


今できるのは、自らが乗り込んだ宇宙への箱舟が、万事順調に仕事を終えるのを祈る事だけだ。



地球の引力を逃れて外惑星に向かうには……秒速11.2km、時速にして40,320kmもの速度が必要だ。

目の前の計器に表示された目盛りは、期待通りにぐんぐんとその値を上げていく。


秒速、8.9km──9.4km──10.0km──10.7km。


さぁ──大気圏を突破する時だ!


と、その時。


──ガクン!!



一瞬の事だった。

目の前の計器に表示された値が、"0"になった。


0……ゼロ──?


そんな、ばかな。


計器の故障だろうか──そうに決まっている。

仮に、秒速10kmの物体が瞬きする間もなく急停止していたら、この船は木っ端微塵になっているはずだ。


「おい、何が起こった? 管制室! 確認してくれ!」


返事はない。

それどころか、後ろのシートに座っているはずのクルーも沈黙している。


先ほどまで感じていた振動は、音もなく消えていた。

自分の耳がおかしくなったのかと思ったが、呼吸音や計器の作動音は正常だ。


「誰か、返事をくれ──! どうなっているんだ!」


声は、むなしく響くだけだった。


こうしていても、埒があかない。意を決してシートの固定を外し、立ち上がった。


「──おめでとう。そしてようこそ。"第二階層"へ」

「!!?」


文字通り、目の前が真っ白になった。

ロケット内部の景色が消えて無くなり、そこは磨かれた石でできた床になっていた。


思わず地面に手をついて、身体を支えた。安定感のある地面だ。


ここは──地球か?

俺は……まだ訓練室にいるのか?

集中しすぎて、幻覚を見ていたのか?


顔を上げると、そこには作業服姿の男性が立っていた。

広い室内だ。俺が乗っていたロケットはどこへ行ったんだ? 影も形もない。


「まだ混乱しているね。もう一度言おう……おめでとう。君は、脱出したのだ」

パチパチパチ、と一人分の拍手の音を響かせ、彼は歓迎するように微笑んだ。


「──なんだ、これは? ドッキリか?」

それにしては、質の悪い冗談だ。

まさにこれから地球を離れるという未知なる体験を前にして、期待で胸が膨らんでいたところだったのだ。


「とんでもない。ここは新たなステージ、"第二階層"だよ。ここに来る為の条件は"地球の外に出ること"だったのだ」


「何を言っているんだ?」


「君は、地球の外には月があって、太陽があって、無限の宇宙が広がっていると思っていただろう。それらは全て、まやかしだ。情報操作だ。実際にあるのはここ。第二階層だ」


「からかうのはよしてくれ。俺の先輩の飛行士は月の地面を踏んだし、火星探査機も石を携えて帰って来たんだぞ?」


「君たちの元へ帰ってきた先輩とやらは、我々が造り、人間と同じように振る舞うように見えるコピー。"抜け殻"だ。本物の彼はこちらにいるさ。君のコピーもいま、無事に宇宙旅行を始めたというメッセージを地球へ送っているところだろうね」


「やめてくれ、全く理解が及ばない。俺はこれまでの人生でずっと、宇宙と、星と、銀河を夢見て生きてきたんだぞ」


「そのような古い常識は捨てたまえ。これから君は、ここで生きていくのだから」


「ここ、で……? 第二階層──と言ったな。何のためにこんなことをしているんだ?」


「それは……"第三階層"へ行くためさ」

 男は、当然のことだと言うように淡々と述べた。


「……だめだ、ついていけない。もういい。俺を元の場所へ返してくれないか?」


「なんて勿体無いことを言うんだ。せっかくここまで来ておいて……本気か?」


「こんなのは、悪い夢に決まっている。俺は信じないぞ」


「まあ、そうする事もできるが……その場合、記憶は消去するぞ。わざわざここに来る方法を秘密にして、第二階層に上がって来る人間の数を制限しているんだからな」


「そうか。いや、結構。仕方のないことだろう。それに、忘れてしまったほうが俺には都合がいい」


「ああ、それと……もうお前のコピーが"第一階層"で活動を始めてしまったからな。戻るなら、赤子からスタートすることになるぞ」


「──なんだと?」


「当然だろう。同じ人間が二人いては混乱するからな」


「……なぁ、やっぱり考え直してもいいか? それじゃ死んだも同然だ」


「ああ、構わない。事実、いま言ったことを聞けば大半の人間は結論を変えるからな」


「第二階層……俺は、これからここで生きて行くのか」


「ああ、そうだ。歓迎するよ」


「なあ、あんた。名前を聞いてもいいか?」


「もちろんだ。私の名は──ゼウスだ」





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