月は無慈悲な女王様 前編

「ふーっ……今度も危ないところだった。二人がいてくれて本当に良かったわ」

「ふえぇぇ……おとうさぁん、あんまり無茶しないでね。服がまたこんなにボロボロに……」

「このままじゃ恥ずかしいよねっ! ひよりんが直してあげるっ!」

「ありがとう二人とも。やっぱりひよりんたちは、私のヒーローね」


 命がけで虹の鉄の塊を打倒したアイネは、少し離れたビルの屋上でひよりん姉妹から手当てを受けていた。

 服も肌もボロボロだったが、アイネ自身は途中で回復したからかぴんぴんしている。


「さてと、変な塊を倒したのはいいんだけど、ハンターアプリのお金が凄いことになってるわ……これもう私一生働かなくていいんじゃないかな?」


 アイネが端末から所持金を見ると、今まで見たこともないような桁が並んでいた。

 その額なんと15桁――数百兆円である。

 なぜこんなことになったかと言えば、先程倒した金食い魔人アバは倒す直前に手配度が★5に引き上げられており、現在の急激なインフレも相まって報奨金が爆増した。

 それに加えてアバ自体が貪り食った紙幣の合計額が数十兆を超えていたため、それすらもアイネのハンタークレジットに加算されてしまったのだ。

 今やアイネは世界一つ買えるくらいの大金持ちになったわけだが、カンパニーの物価は現在も絶賛インフレ中であり、これだけの金があってもパン一つ買える程度にしかならない可能性がある。


「どうするこれ?」

「レンテンマルク導入待ったなしだねお父さん!」

「そんな難しいことよく知ってるわねひよりん……」


 カンパニーのことだから、恐らく騒動が収まり次第、超強引に通貨切り下げを行うことだろう。

 もともとの貧乏人はあまり関係ないかもしれないが、ハンターのような定期的な収入がない中途半端な金持ちは手持ちの金が鐚同然となるため地獄だろう。


「よし、だったらこれ以上インフレが進む前に、あの大量に流れ出すお金を止めないとね! それに、これ以上放置してるとこのコロニーに住んでる人間が大勢死ぬわ」


 アイネがそう決断したころに、実はすでに正義の味方(?)がこの恐るべき計画を止めようと奮闘していたのだが、それはまた別の話。

 ⇒https://kakuyomu.jp/works/1177354054889011852/episodes/1177354054889575319



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  ――――《Misson9:月は無慈悲な女王様》――――

 ――――《Target:マドカ=月光=ルナール》――――

  ――――《Wanted:★★★★★》―――― 


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「レッツパアアリイイイィィィィィィッッッ!!!!」

「わはぁーーーーっ♪」

「ひええぇぇっ!?」


 もはや恒例となった叫び声をあげて、アイネはP.W.ヒルズの最上階付近の窓を、ひよりんたちを抱えて蹴破った。

 どこぞの冷静沈着で思慮深いハンターと違い、アイネは直感的に敵の本拠地を最上階層付近と決めつけ、9.11もかくやという勢いで突撃したのだった。


 だが、突入したビルの中では、予想外の光景が広がっていた。



「「「ザッケンナコラー!!」」」

「「「スッゾオラー!!」」」

「「「ダテメッコラー!!」」」


 大広間で、テンガロンハットにトレンチコートの集団が、二手に分かれて銃撃戦を繰り広げていた。

 アイネは慌てて虹の盾を展開し、飛んでくる銃弾を防いだ。


「ちょ、ちょっとなんなのこれ!? なんで有栖摩武装探偵社の突撃隊がこんなところに!? なんで同僚同士で殺し合っているわけ!?」


 銃撃戦を行っているのは、本社ビルを失ったはずの有栖摩武装探偵社の私兵集団たちだった。

 何故仲間同士で殺し合っているのか、アイネは訳も分からず様子をうかがうが、アイネを見つけた女性武装探偵の1人が、仲間たちを慌てて制した。


「みんな! 乱入者を撃つな! あれは奏様のお弟子さんだ!!」

「あの人……師匠のことを知ってる?」


 一方向からの銃撃が止んだので、アイネたちは素早く身をひるがえし、遮蔽物を乗り越えて、女性探偵たちと合流した。


「アイネさん! まさか生きているとは! 覚えていないでしょうけど、私は奏様の下で働いていた突撃隊のイヴです!」

「イヴさん、これはいったい?」

「話すと長くなるのですが、男性の突撃隊が全員謎の組織に寝返りました!!」


 鳴りやまない銃撃の中、大声で会話を交わすアイネと、武装探偵のイヴ。

 すると、その銃撃音をさらに塗り替える音量で、ホール内にアナウンスが鳴り響いた。


「みなさぁん♪ また邪魔者が入りましたわ。女性はこの世に私一人で十分でしょう? あの阿婆擦れ達を顔の形が分からなくなるまでボロボロにしちゃいなさぁい!」


「「「「イエス・マム!!!!」」」」


 たったそれだけの放送で、男性武装探偵たちの士気が爆上がりした。


「かつての知り合いとはいえ、女の子たち襲うのは見過ごせないわ! みんな、私が援護するわ!」


 こうしてアイネたちも、なし崩し的にビル内での大戦争に巻き込まれることになった。

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