『最終依頼:世界滅亡時計』上
「もう一度、もう一度だけ確認するけど、今俺助けたよね?」
「あ、あの、あの」
「君は緊張してた。だから大丈夫買って声をかけた。心配した・つまり助けた。違う?」
「あの、はいその、助かりました」
「じゃあ何で俺に惚れない?」
「あの、あのー、あの、その」
「助けられたんなら、俺に惚れるだろ? 助けて優しさ見せたんだからさ」
「あ、あの、あ」
カチャリ。
「あ! あ! あ1 待って! わかりました! わかりましたから惚れましたから!」
「違うだろ? そこは『はうううう優しすぎますうううご主人様ぁあああ』だろ?」
「……あの?」
「もういい」
パンパン!
ったく、これだから緑髪眼鏡委員長タイプは、色恋沙汰に疎くて使えない。お陰でせっかくの良い感じな夜なのに、気分が悪い。
それに銃だ。この銃、一対の残り、右利き用、休日潰して買ってきた白金の部ローバック銃、せっかくだからと持ってきたが、実際はそんな楽しいものじゃなかった。
まず当たらない。
利き手じゃないから仕方ないのかもしれないが、漫画やゲームじゃああんなにパスパス当たってる銃弾が、何でか思ったところにほとんど当たらない。
それで珍しく当たったと思ったら、思ったよりも威力が低くい。腕を千切るのだって同じところにワンマガジンいる。
何より手応えがない。だからやったという感じがなくて、なんかもやもやするのだ。
これは銃なんかよりも強い力が拳にあるからなんだろう。強さゆえの虚しさ、ってやつだろう。
「失礼します安田様、配備が整いました」
「だったらさっさと始めろ」
「はい、それでは」
黒服眼鏡が返事して背後に合図を送ると黒服眼鏡が応じ、同時に黒服眼鏡が下へと合図を送る。
全員が同じ黒服眼鏡だ。
もちろん全員が別人、人種も性別も年齢もばらばら、それでも画一的に同じ服、黒のスーツに黒のネクタイ、眼鏡も黒ぶち、違うのはサイズだけで全部が同じデザインだ。
こいつらが依頼人のコロニーマスター、バンクシーだったか? やつから前払いの報酬としてよこした臨時で忠実な部下たちだった。
どのような経緯で、そしてどんな教育を受けたらこうなるかは知らないが、みなスティンガー撃ち込まれてるんじゃないかと言うほど洗脳されていた。
複雑な命令は理解できず、自己判断も無理、ただ与えられたことを延々と繰り返すだけの指示待ち人間、それでも三千をよこしたのは太っ腹と言える。
例外は女、それも見目麗しいジャンルだけ、ただそちらは頭が軽くて性能としては黒服眼鏡よりもはるかに劣っていた。
まぁ、花は愛でるもので、戦わせるものじゃないってことなんだろう。
思いながら向かいのビルを見上げる。
そびえていた。
足元が九十九階建てだと言うに、向こうはその高さも太さも倍は超えている。
P.W.ヒルズ、ここ第二コロニーでは大きい部類のビル、大体の大通りと屋上から見ることができるランドマークの一つだ。
暗い夜に相対的に小さくなった窓から細かな灯りが漏れ出て、何とも言えない幻惑的な雰囲気を醸し出している。
それだけでも見るに楽しい建物だが、加えてこちらの屋上と同じぐらいの高さから上、屋上までの開いている穴から、紙幣が舞い散っていた。
……紙幣である。現金である。この世界で実際に使えて物が買えるお金が、花吹雪ではない、滝のごとく溢れて流れていた。
こちらとあちらの間は三十メートルほど、そこをびっしりと、海のように、紙幣が満たされている。その高さは十階を超えたらしい。
壮観である。
ビルの谷間から流れ出た紙幣は流れに流れて、その下流にはカースト最下層が集まり、奪い合い、殺し合い、結局紙幣に飲まれて消えていく。
反対側には煙が、どうやら夢の『明るくなったろう』をやらかしたやつがいたらしいが、燃え広がるより紙幣の圧が勝っているようだった。
夢のような光景だが、その流れをコントロールするのが今回の依頼だった。
俺もざっくりとした経緯しか知らないが、なんでも本物のお札を刷ってた輪転機が丸々複製され、本物と同じ工程で贋金を量産されてるらしい。
それが気球なり転送魔法なり、紙幣そのものを折り紙のように式神だかゴーレムだかにして飛ばして、こうしてる間にもあちこちに送金し続けているらしい。
正にあぶく銭、悪貨が良貨を駆逐し、ありったけの金額が株に流し込まれててんやわんやで、何とかしなければインフレまっしぐらで異世界丸ごと経済破綻、ということらしい。
カンパニーほどの巨大組織に雑な経済戦争仕掛ける馬鹿がいたとは、実にワクワクする。
しかし、やってることは壮大ですごいのに、俺から見れば穴だらけ隙だらけだった。
これなら、潰すのは簡単だろう。
「まずはセオリー通り、だ」
バツン、と周囲一帯から明かりが消える。
籠城相手にまずは補給路を断つ。現代戦では電源を指す。
ここがどういう原理で発電してるかは知らないが、送電線を物理的に切断すれば電源は落ち、輪転機は止まるが道理だ。
……しかし、すぐさまパッと灯りが戻った。
自家発電、あるいはチートの類か、紙幣の流れも止まってない。
初手は無意味だったらしい。
「なら次、通信機器」
「破壊しました。アンテナはこれで電源が落ちましたし、周囲には妨害電波を、魔術面でも結界を張ってあります。内外との通信は完全に途絶してます」
「よしよし」
黒服眼鏡、言われなきゃ動けないくせに、言われたことはきっちりとこなせる。これは便利な駒だ。
「安田様、下層階からの物理侵入班、内部で迷走中、今だ上階にたどり着けてません。設計時と現在との間取りとが異なるとの報告です」
「まぁ、それぐらいはやってるさ」
ここまでは想定内、そこはお互い様だろう。
こっから先は、その想定を超えた方が勝つ、というのもセオリーだ。
「じゃあ次のフェーズに、下の準備ができ次第、上に上げろ。さっさと始めたい」
「承りました」
しまらない返事で黒服眼鏡がどこぞに電話をかける。
盛り上がりに欠けるが、楽しみの前の小事、今は無視してやる。
だがその前に、こいつは済ませておこう。
パンパン。
頭に二発、心臓に二発、祈りながら打ち込むのがマナーらしいが、面倒なので祈りは飛ばさせてもらった。
◇
通常、現代でこのような場合は、上から攻める。
ヘリからの降下、屋上に直に降りるか、ワイヤーでぶら下がって窓を割るか、たまに警察の特殊部隊がやるあれだ。
しかしそんなの、ベタすぎるし、ヘリの数も載せらる数も限られる。何よりそんな的、狙い放題だ。
だから橋を架けることにした。
「あへええええ」
「あへええええ」
「あへええええ」
「あへええええ」
黒服眼鏡を片っ端からスティンガーぶち込んで手すり鳴り柱なりに縛り付ける。
これで全員、完了だ。
「おい下に合図を」
「あへええええ」
あ、全部やっちゃったか。なら俺がやるしかない。
電話、リダイアル、とぅるるるとぅるるる、ガチャリ。
「はい」
「俺だ。やれ」
ぶつ!
無礼な通信途絶、からの振動、爆音、揺れて揺れて、そして傾いた。
我ながら頭の悪い作戦だ。
三十メートルの道幅を渡るため、九十九階建てのビルの十階で一辺の柱を爆破し、木を伐りたおす要領でビルを倒壊させる。
そして起こるのは、立った二枚のドミノ倒しだ。
初めはゆっくりに、だけど角度が付くに従い加速し、ふわりとした重力の変化から股の間がひゅんとなる。
そして激突した。
ただでかい音としか表現できない音を立てて札束の流れを押しつぶし、ビルにビルがめり込み、ビルの角がビルの壁や柱をへし折って、沈んで、そしてやっととまった。
……天井から崩れ落ちてくる破片、軋む鉄骨、弾ける電気ケーブル、壊れたビルの断面は滅多に見れない破壊の傷跡だった。
何がどう壊れ、折れて、ひしゃげたのか、矮小な俺には見えてないが、P.W.ヒルズは傾きもせず、されど俺は跳び移ることができた。
成功率が六割、完璧には程遠いが赤点は余裕で回避といった成績だ。
……いや、もう少し減点しないといけない。
手すりに縛った黒服眼鏡はほぼ潰れた。
下の階にいた黒服眼鏡は傾きに耐えきれず、滑り落ちてるのが現在進行形だ。
肉の補給が絶たれたのは厳しいが、なんとかなるだろう。
気を取り直してP.W.ヒルズ内部へ。
……当然のように中も紙幣で溢れていた。
ここはいわゆる会社の一部署らしく、紙幣の下には机と椅子とパソコンが飛び石のように覗いている。
現代の資本主義を揶揄する抽象画のようだ、とでも言っておけば賢くみられるだろう。
「安田、あへえ、様、あへええ」
切れ切れの声は黒服眼鏡、それが十人前後、生き残ったらしい。
「おい、入ったばかりだ。さっさと行くぞ」
命じて踏み出す。方向は、当然流れてる紙幣、その上流、こいつを刷ってる輪転機こそ、ターゲットがいるに違いない。
黒服眼鏡を引き連れて、俺は資本主義の上を駆け抜けた。
今の俺は、最高にかっこよかった。
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