『最終依頼:世界滅亡時計』中

 紙幣の流れは上流に向かうほど勢いが弱まっていた。


 いや、これは登りやすいように弱めれたというのが正解だろう。


 お陰でサクサク進めるが、それが良いことじゃないことぐらいは言われなくてもわかってる。


 そんなのわかってるわけのない黒服眼鏡らを連れて進んで、、たどり着いたのは『会長室』と書かれた部屋だった。


 普通ならここが一番偉いやつの部屋のはずだが、それが最上階でなくほぼビルの中心地にある辺りがカンパニーらしい。


 全方位が壁と部屋で覆われた一番安全そうな部屋の、そのドアの前は不自然に床が見えた。


 力任せに紙幣をどかし、ドアを閉めたように見える。


 中が見えない。すなわち先は罠、待ち伏せされてる死地、相手が首を長くしているということだ。


 上等、入ってやろうじゃあないか。


「おい、中見てこい」


 命じると黒服眼鏡三人が前に進み出てドアノブを雑に開けると、飛び込むように中へと入っていた。


 罠もへったくれもない雑な突入、これだから素人は困るんだ。


「「「ぎゃあああああああ!!!」」」


 ほら、言わんこっちゃない。


 やれやれと思って中を覗きこむと三人が三人、異なる死にざまを晒していた。


 一人は両手の親指を立てて己の目玉に突き立てていた。


 一人は舌を噛み切ったのが、口から血を噴き出して床に倒れていた。


 一人は奇声を上げながら俺に向かってきた。


 目ざわりだ。


 左手に拳を握り、ぶん殴る。


 あぁ、良い手応え、爽快感、暴力はこうでなくてはならない。


 銃にない快感、そこに少々の小細工を加えておく。


 モード=スティンガー、名付けるのも億劫な基本モードだ。肌よりスティンガーの先端をちょっとだけだし、触れた瞬間に突き刺して中へ卵を産みつけたり、中のスティンガーへ命令したりできる。


 今回は命令『全力で食いつぶせ』、これにスティンガーズは速やかに従った。


 悲鳴も目障りな顔も貪り食って糸束に、食い残しは噴霧となって一面を閉ざす朱の霧とした。


 突如として視界の悪くなった会長室は、かなり広かった。


 高い天井にはシャンデリア、遠い壁には何かの絵画、そして大理石っぽい床には、あれだけの紙幣は一枚も落ちてなかった。


 そんな広い部屋に、まるで墓石のように並ぶガラスのケース、血飛沫に隠れた中身は何かの書物らしい。


 そっと隙間より中を覗こうとした。


「あああああああああああああああああああああああああ!!!」


 何も見えず、代わりに眼球が握りつぶされたかなのような激痛に視界が闇となる。


 耐えがたい痛み、これはスティンガーズからの警告だった。


 


 安全装置が発動したのだった。


「醜いのう」


 声、奥から、童女のものだ。


 引いた激痛から目を凝らし、霧の向こうに身構えると、まず現れたのがキツネ耳だった。


 白い髪、悪くない顔、赤袴な巫女服にぺたんぬ、尻尾がモフモフしていた。


 キツネロリ巫女、そんなのがべたりと胡坐で座っていた。


 がっかりだった。


「んだよ。お前ひとりか?」


「いかにも。部下は全員下がらせた。お主に食われて益になられたらたまったもんじゃないからの」


 そういう意味で聞いたんじゃないが、確かに餌がないのは不都合だ。


「よっと」


 掛け声で立ち上がり、大きく伸びをするがっかりキツネ、見れば座ってたところから向こうは畳となっていて、囲炉裏に串焼きの魚、手前の盆には急須やらなんやら、さらにその奥には場違いな機械が、一言で描写しにくいそれらは紙幣を印刷する機械に見えた。


 その機械が、刷った紙幣を吐き出す先は中空に輝く幾何学模様の中、どうやらそこを通ってどこぞに転送しているらしい。


 あれが目標だった。


「さてと、確かお主は、安田ヒロシ、じゃろ?」


 キツネロリに名前を呼ばれる。あれだけ活躍してきたんだから当然だが、サインとか求められると面倒だな。


「何、ワシはこう見えても探偵なんじゃよ。じゃからお主のことはよう知っとる。お主の、悪行をな」


 静かに、だけども猛烈に、その視線から嫌悪が放たれていた。


「長生きしとるとあれやこれやと酷いモノを見てくるもんじゃが、お主は飛び切りじゃ。黒髪ロングで悪くない顔で、普段のワシなら色々とのじゃが、お主だけはどうしても食指が動かん。ただ嫌悪だけじゃ」


 触手?


 確かに俺のスティンガーズは触手っぽいが、こいつらは人の性癖よりも自分らの食欲優先するからエロいのには使えない。だがそれは個性であって、それで嫌悪されちゃたまったもんじゃない。


 このキツネロリ、頭の中はちゃらんぽらんらしい。


「あの強欲も、お主なんぞ送りつけてくるとはのぉ。よほど追い詰められとると見える。それはそれで愉快なことじゃながな」


 笑ってるようで笑ってない顔、怒りで牙を剥くような顔、その顔は嫌いだ。


 いいや、もう。


 銃を向け、引き金を引く。


 パンパンパン!!!


 三連射、しかし当たらず。それどころか背後の機械も壁にも変化がない。


 あれ、出てない?


「……お主、言葉まで失くしおったか」


「ちょっと待て」


 キツネロリを置いといて振り返り、黒服眼鏡の足を撃つ。


 パン!


「うぎゃ!」


 短い悲鳴、抉れた腿、転がる黒服眼鏡、ちゃんと弾は出てるらしい。


 よしもう一度だ。


「辞めぬか愚か者め!」


 改めて向き直った俺へ目掛けて、キツネロリがどこからか出した銃を向けてくる。


 小さなお手手に真っ黒な銃、どこぞの平和ボケで三店方式を合法解かぬかす警官が持ってるような銃を、どこからか出して俺に向けていた。


 ちゃらんぽらんに銃、最悪な取り合わせだ。


「おい壁!」


 命じると黒服眼鏡は一瞬遅れて従った。


 前に出て気を付けの姿勢、肩を密着させて三人、俺の前に壁となる。


 ズギューーン!


 長くて古臭い銃声、違和感、右腕が弾かれた。


 内側から外側へ、痺れるような痛みに銃が飛ばされた。


 いきなりの正確な銃撃、痛みに屈辱に、それ以上に驚きだった。


 腕は、俺は壁の裏にいた。そして右腕はキツネロリに向けていた。


 なのに銃弾は飛んできたのだ。


 曲がったわけでもない。黒服眼鏡の隙間から見た銃口はまっすぐ俺を狙っていた。


 わけがわからないまま、それでもスティンガーズで傷を縫う。


 止血完了、神経接続、筋肉は断裂していて回復に時間はかかるが、まだ戦えた。


「無駄じゃよ」


 キツネロリの声、嘲りを隠そうともしてない。


「我は『銀星』眞白、有栖摩武装探偵社の元代表にして森羅万象の主、極北星の持ち手よ。そして我が愛銃『イーハトーヴォ』は必中の銃、命中させようと狙い引き金を引きさえすれば、途中の経過を飛ばして秘中の銃よ。防御も回避も無駄なことじゃ」


 荘厳な声色、口調も一人称も変わっての気持ちよさげな自己紹介……名前難しくて覚えられないキツネロリ、だがやはり頭はちゃらんぽらんだ。


 ヒントの出しすぎ、お陰で倒せる。


 モード=ブラッディ・マリー、ただ目の前の三人を絞って血飛沫上げさせるこのモードは、ただの目くらましやビーム軽減だけでなく、思っていたよりも強力だとわかった。


 特に雑魚相手には、ただ血が掛かるだけでパニックになる。


 だから今後も積極的に使っていこうと思うのだが、今回は目くらましだった。


 黒服眼鏡三人の血の煙、指向性を持たせてキツネロリに向けた。


 血は全てを覆い、キツネロリもなんだかわからないガラスケースも、後ろの機械も、俺自身も隠してしまう。


 赤い闇だ。


「無駄じゃと言っておろうが!」


 ズギューーン!


 再びの銃声が響いた。


 違和感は右の脹脛、内側だった。


 スティンガーズ!


 言葉でなくイメージでなく、もっとダイレクトな命令に、体内の寄生虫たちは健気に、そして正確に従った。


 お陰で、ダメージは最小だ。


「愚か者め! 見えようと見えまいとかまわぬわ!」


 勝ち誇った声が霧の向こうから聞こえる。


 愚か者はお前の方だよキツネロリ、言いたい言葉を飲み込んで霧を抜け、必殺の間合いへ、向こうから見たら右斜め後ろより、そのうなじが見える角度で、必殺の拳をぶち込んだ。


「な!」


 驚いた顔、ちょっとだけ可愛いと思えた顔、それが潰れると思ったら滾るしかない思いで放たれた拳は……空振りだった。


 何故か。


 目と鼻の先、吹いた息がかかる距離、なのに


 驚愕に、推理に、考察に、気を取られてる間にキツネロリが左手を、もう一丁あった銃を、俺に向けた。


 やばい。


 跳び引き、構える前に三度の銃声が響いた。


 ズギューーン!


 違和感はちきしょうめ額だ。


 スティンガーズ!


 もう一度の命令、皮膚下に這わせてたその白い体を起き上がらせて違和感のあった皮膚、その周辺をざっくりと切り裂く。


 痛み、出血、それらを無視してぺろりとめくって、ひっくり返した刹那、遅れて熱い弾丸の感触が産まれて、捲れた皮膚を抜けて外へと放たれた。


 命中ということは当たるのは外側、皮膚まで、そしてまでのタイムラグ、わかれば後は命中個所を切り離せばよい。


 弾丸のベクトルが変化なければえぐり取る予定だったが、そうせずに済んだ。


 めくれた肌を戻し、縫いって、止血すると、驚いたキツネロリが、落ち着きを取り戻しているところだった。


「見事よ。されどお主の攻撃はワシには届かん」


 安心しきった顔が気に入らないのでモード=ダイキリを放つ。


 左手首から限界まで伸ばしたスティンガーの横薙ぎのむち打ち、毛皮のないとこの皮をはぐ勢いの一撃は、届かず、宙を切った。


「無駄じゃ無駄じゃ、『虚空の呪符』お主とワシとの彼岸は無限、空間断絶によって絶対に届かぬ最強の堀よ。その程度の虫けら、何千追っても届きはせぬわ」


 あぁ、やっぱりこいつはちゃらんぽらんだ。


「……何が可笑しい?」


「あ」


 気が付いたら笑ってた。


 気恥ずかしいさ、それと場の悪さから、悪手と知りながら口を開いてしまう。


「いやなに、攻略法が見えたんでね」


「ほう、これを超えられるとな?」


「あぁ、色々バリエーションはあるが、ここはひとつ、感度三千倍と行こうか」


「三千? 何がじゃ?」


「何、すぐに体感させてやる。そして他をどうでもよくしてやるよ」


 言いながらも、着々とモードを切り変える。


 プライベートじゃない、実戦の場での使用は初めてだ。


 だが、自身しかなかった。


 モード=オルガズム、発動!


 世界は白に包まれた。

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