『最終依頼:世界滅亡時計』下

 アイディア自体は別ルートからだ。


 他者に埋め込んだスティンガーズを遠隔で操作できないか、様々なアプローチを試みた。


 音声、電波、フェロモンに怪しい超能力、いずれも失敗、命令を遅行させることには成功したが、それだけで、思うようにはいかなかった。


 そんな時に出会ったのが『催眠アプリ』なるものだった。


 それは携帯端末の画面を通してサブリミナルな映像を相手に見せて操るというものだった。


 ……出会ったアプリは結局偽物だったが、催眠術とのアイディアは俺には大きかった。


 幸いにも俺にはスティンガーズと、心理学の見識と、ハーレムがあった。


 後は時間と鍛錬が解決してくれた。


 ◇


 ……やることはモード=ディキディキの劣化版だ。


 手首と肘との間、外側に平行になるようスティンガーズを並べ、這わせ、電気を産み出させる。


 放電、スパーク、その光は痛みと熱とに耐えれればカメラのフラッシュに匹敵する輝き、そこへ高度な技術と数多の実験により導き出されたシグナルを点灯させる。


 視覚から入り、脳へとダイレクトにアクセスする信号、溢れ出る快楽ホルモンに逆らえたやつはない。


 これぞモード=オルガズム、喰らって悶えろキツネロリめが!


「……なるほど、してやられたの」


 銃を持った手の手首で閉じた瞼をごしごしやってるキツネロリ、利きが薄く見える。やはりやめなされやめなされ言ってるロリババはやっぱ枯れるもんなのか?


「確かに双方の姿が見えてるなら光が届くが道理じゃ。しかもにならぬ程度の強さ加減、しかしそれだけ、目くらまし止まりじゃのう」


「……え?」


「……なんじゃ」


「いや、やせ我慢は止めて無様なメスの本性を現せよ」


 ……一瞬の間を置いてから、ロリキツネはカラカラと笑い始めた。


 可笑しそうに、可愛らしく、だがそれは俺を笑う笑いだった、


「まさか、お主、まさか今ので、本気で、ワシに暗示でもかけようと目論んじゃったのか? それも下心丸出しの? 下種な? 薄い本の?」


 ……顔が赤くなる。


 羞恥、失敗、笑われてる。


 この上ない屈辱、それでも頭は、冷静にモードが不発だったと理解した。


「…………お主、この無意味な光のために、ずいぶんと女子供に酷いことしてきたようじゃな」


 口ぶり、違和感、気が付いてゾワリとした。


「まさか、お前」


「読めるともさ」


 そう言って一枚の紙きれを、銃を持ちながら器用にペラリと中指親指で挟んで取り出し、振って見せる。


「読心、ワシでも遊戯の腕前じゃなご。お主程度なら簡単に覗き込める。これまでとやらで行ってきたこと、そこでしてきた実験、地獄としか言いようがないのう」


 軽い口ぶり、可愛らしい微笑、されど放つ空気には濃密な殺気が混じる。


 これは、俺じゃなかったら漏らしちまうね。


「カンラ、笑えることに、お主はやつらの言葉を丸々信じておったようじゃが、これは全て恐怖から出た出まかせよ。暗示にかかったとご機嫌を取らねば、お主は餓鬼のように地団駄を踏み、酷いことをしよる。それから逃れる嘘の方便、気づけぬとは、人でなしだけでなく脳も無しと言ったところよの」


 圧倒的強者からの見下される殺気、気に入らない。


 。殺してやろう。


 モード=ディキ/ディキ、左腕が、切り落とされた。


「うがあああああああああ!!!」


 悲鳴、涙、出血、激痛、止められない。


 切り取ったのは、いつの間にか真横にあった、バカでかい札、それが回転して、まるで影のように通り過ぎたか灯ったら、切断されていた。


「こやっ、こやっ、慌てるでない。確かに雷も光も似たようなもの、届くやもしれんが、それを許すほどワシも悠長じゃないのじゃよ」


 いつの間にか銃をしまったキツネロリ、開いた手の指をくるくる回すと、それに従うようにバカでかい札が回って飛んで戻って、その背後にヘラリと舞い止まった。


 やったのはキツネロリ、スティンガーズの麻酔が効き始めてやっと頭が回る。それでも逆転の一手は見当たらない。


「お主はどう転んでも生かして帰さん。どうせ罪の意味もわかりようがないのじゃ。せめて苦しんで贖いとして進ぜよう。じゃがその前に『世界滅亡時計』じゃ。紙幣がすり終わるまでそこで大人しくしておれ」


 殺気は収まった。


 だがそれは許しでなく油断、俺を敵として見てない証だった。


 それは、好都合だった。


 ビクリ、とキツネロリの尻尾が跳ねて、そして改めて俺を見た。


 あぁそうか、心が読めるんだったか。


「あーーーここまでか」


 ざっくりと糸が切れた。


 やる気も失せた。


 こうなったらもうネタ晴らしで良いか。


「……お主、いったい何を企んどるんじゃ?」


「え? 何? 読めるんじゃないんですか?」


「読めたから訊いておる。お主は、?」


「おいおい、ここまで、やっといて、その程度かよ」


「応えぬか!」


 取り乱す姿は気持ちいいが、いい加減腕直さないとくっつかないだろうし、話してしまおう。


「前提として、お前は何をやろうとしてる?」


「見てわからぬか」


 頭悪いな。


「あれだろ? 本物機械で偽物紙幣を刷ってばら撒いて、市場にお金の供給過多起こして、加えて贋金騒動で信用落して、お金の価値を下げる。インフレってやつを起こそうとしてる」


 キツネロリは応えない。だが訂正しないならこれが正解だろう。


「当然市場は大混乱、からの急降下で、大不況間違いなし。それどころか、資本主義が崩壊するかもしれない。これまでにないバブルの崩壊、だけども、だ。そのバブルでもってのが一定数いるんだよ」


 説明しながらスティンガーズを伸ばし、切れた腕と切られた腕とをつなぐ。


 鋭利な切断面、これなら綺麗にくっつくだろう。


「……インフレ、つまりお金の価値が下がるってことは金融商品、借金や株、あと保険なんかもゴミになる。だけど逆にそれ以外の価値が上がるってことだ」


「まさか!」


 驚いた顔、してやられたという顔、こういう顔は苦痛に歪む顔と同じぐらいに大好きだ。


「そのまさかさ。お前がこの騒動を始めた時、あのバンクシーが真っ先にやったのが情報統制、次が自身のお金を現物商品に置き換えること、当然限界まで借金をしてな。後はバブルがはじけて周りが、カンパニー含めて他人が沈んだ後、ただ一人、生き残る。あいつは『金持ち』じゃなくて『富豪』だ。つまりは『金』じゃなく『富』を持つ男だったってわけだ」


 愕然としているキツネロリ、こいつはこいつでそれなりに歳食ってんだろうに、大方や魔の中で魔法かなんかの修行ばっかで世間に疎くてダメダメちゃらんぽらんお花畑頭なんだろう。


 追い打ちしてやろう。


「そもそもスタートで気づけよ。何で俺が、黒服眼鏡どもと一緒は言え、単独で派遣されたんだ? やるならもっと数がいるだろ? それにみろよ」


 まだ回復しきってない左手の代わりに右手で、今回の契約書を懐から出して見してやる。


「見ろよこれ、手書きの、それも鉛筆の書類、紙なんか、反故ほご紙、いらない書類の裏紙だぜ? 契約の重要性を知ってるバンクシーらしくない。裏を返せば、今回の依頼は書類で揉めて台無しになっても構わない案件てことさ」


「……首尾よくバブルが崩壊ても、それを利用してさらにのし上がる、ということか」


「やっとわかったか。勝手に経済崩壊してくれるんだ。それも悪名を勝手にかぶってくれて、やることと言えば、ただちょっと富の形を変えただけだ。それだけでたっぷりと富の価値が上がる。まさに老獪、そして冷血、ジジィのバンクシーがコロニーマスターたる所以ゆえんだよ」


 ……あぁ、いい。


 その表情、もうちょっと、風が吹いただけで崩れて膝をつきそうなキツネロリ、その心の隙間に入り込んだら好き放題できるんだろう。お一人様ハーレムご案内ってな感じだ。


 お手本にしたいぐらい綺麗に堕とせた。


 だからこそがっかりだ。


 もうキツネロリは十分、もういらない。


 ここ数カ月でキツネの獣人のロリが七人もいる。これ以上ダブっても管理が面倒なだけ、魔術は一級だが、壊れたら使えなくなるんだし、そこまでする価値があるとは思えなかった。


 せめてこれがタヌキか、褐色肌ならまだワンチャンあったが、残念でがっかりだ。


「…………それに、お主は何故加担するのじゃ」


 絞り出すような声、ぞくぞくする。


「あのバンクシーは、報酬どころか秘密を知るお主の殺しかねんぞ?」


 藁にもすがる思いってやつだろう。俺は優しいから教えてあげる。


「いやいや、今回は無報酬のつもりだよ。だってこのバブル崩壊は俺にも大きなメリットがある」


「なんじゃと?」


「まぁ聞け。バブルが弾ければ、紙幣が使えなくなる。だけども経済はそのまま残る。じゃあ何で取引する? 不動産は動かせないから不便だ。貴金属に宝石はあり得るが、合金に触媒と、機械と魔法で兵器転用できる軍需品、汎用性は低い。芸術品は文化によって価値観が変わる。食料には人口による需要の上限がある。じゃあ、紙幣の代わりってなーーんだ?」


「……訊いてるのはワシじゃ」


 殺気、怒気、いやこれはいら立ちからの睨み、ズン、と身が沈む。


 いや、疲れたような、弱ったような、はっきり言って弱体化したような感じだ。


 それをやってるのはキツネロリだと、わざわざ新しい札を見せつけ教えてくる。


 多種多様な魔術の極み、かけられた兆しもこれは感じられなかった。


 これは、勝てそうにない。


「わーったよ。俺の負けだ」


 ……ここは、心を折っただけで満足しておこう。


「だけど少し考えりゃわかるだろ? 持ち運び便利で需要があって、カンパニーの主力商品、だったと過去系か。大抵の異世界で有り余ってて、お前も多分欲しいと思うものだ」


「……まさか」


「わかった? じゃあ答え合わせた」


 パン、と治ったばかりの腕で手と手を叩く。


「バブル崩壊後の世界、新たな通貨の単位はずばり『人』だよ」


 そんあ驚くような答えでもない。だけどもわざとか、キツネロリは驚いた顔を見せた。


 これはこれでぞくぞくする。


 やっぱり心を折るのは楽しい。だから続きを教えてあげる。


「これからは奴隷を通過として商いが行われる。労働力、愛玩用、兵士に食料、用途は様々、その奴隷を大量に抱えてるハーレムマスターが次の時代の『富豪』なんだよ。そして俺はその末席に入れれば、もう、人生としては上がりだ。引退しても悔いはないね」


 ほわり、と熱風が肌を焼く。


 熱源はキツネロリ、広げた両手から次々に展開する札、それが沢山、辺り一面を覆いつくした。


「……おのれ、おのれ、おのれ、おのれ」


 やばい雰囲気、怒らせた感じ、死のイメージ、逃げる一歩手前で、それらが白熱した。


「おのれ欲狂いジジィめが!」


 ロリではない、キツネとしての絶叫。合わせて札より熱線が放射された。


 回避不能、防御無理、圧倒的かつ悪夢的熱光線は、一瞬にして輪転機とそれに付随する諸々を焼き尽くした。


 二秒に届くかと言う時間の間で、残ったのは影だけだった。


 うん、これは防ぎようがない。


 ここはひとつ、命乞いをしよう。


「……お主の抜かすことが事実なら、崩壊は予定よりも早まってるのじゃろう」


 ふらりと見返すキツネロリ、そこにある眼差しは、ただただ冷たさだけがあった


「ひょっとしたら手遅れやもしれん。じゃが、それでも、償いだけはきっちりとしてやろうぞ。じゃがその前に」


 すい、と目の前に耳が来た。


 見下ろせばキツネロリ、それなりにあった間合いは、まるで時間を止めて歩いたかのように瞬間で消えた。


 そして伸ばした手が、トン、と俺の胸に押し当てたのは、銃口だった。


 それも、俺の銃だ。


 パンパンパン!!!


 接射、激痛、胸が焼ける。


 気が付けば床、倒れた俺、酷い出血、スティンガーズ、だけども頭に血が足りない。命令が、伝わらない。


「苦しめないのは時間がないから、顔を残すは死んだことを皆に知らせるため、お主がはぁれむとよぶ地獄はワシが壊し…………」


 声が遠のく。


 世界が冷たい。


 意識が…………。


 パンパンパン!!!

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