月は無慈悲な女王様 中編
緑色のボリュームのあるドリルヘアーに、エメラルドのような美しい相貌の女性――――マドカ=月光=ルナールは、金のバスタブの中でバラの花が一面に散らされた湯に浸かっていた。まるで石膏のように白い肌、キュッとしまった腰に、それに下品を通り越して芸術性すら見える豊かな胸。世の男性なら、一目見ただけでも本能的に服従しそうになる超絶的な美貌であった。
彼女の周りには、半裸のイケメンたちが控えており、時折彼女のグラスに恭しく超高級ワインを注ぐ。
そして、すぐ下の階層では激しい銃撃戦が行われているにもかかわらず、彼女は余裕の笑みを浮かべていた。
「おぉーーっほっほっほ! この世界に美しい女性はわたくし以外必要ありませんわぁ! さぁ、存分に引き立て役におなりなさぁい♪」
彼女の前にある天井から釣らされている大画面モニターでは、男性の武装探偵たちが、苦境に陥る女性武装探偵たちを追い詰めていた。
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ルナールがまるで天国のような環境で優雅に過ごしている一方で、アイネたちが戦っているフロアは、まさに地獄の釜の底……いや、これなら地獄の方がましではないかと思えるほどの凄惨な戦場と化していた。
飛び交う無数の弾丸と爆発物、それに壁やガラスの破片が双方を無差別に襲う。
アイネは戦闘で必死になって虹天剣を振るい、ひよりん姉妹がそれを援護するが、敵は新手を次々と投入し、数が一向に減らない。
「ああもう! 倒しても倒してもきりがないわ! こいつらは第5コロニーのゾンビかってーのっ!!」
「うぅ…………お父さん、これじゃ先にお姉さんたちが全滅しちゃうよぉ……」
妹日和の言う通り、戦力的に味方の方が圧倒的に不利で、しかも敵は何かが乗り移ったかのように的確に動く。その強さは、敵全員が★2以上の手配度が付いてもおかしくないほどで、屍神たちが操っていたゾンビたちと比べると雲泥の差であった。
「ねえお父さん! 多分真っ向勝負したら負けちゃうよっ! でも、ひよりんにいい考えがあるの!」
「いい考え?」
馬鹿正直に真正面から戦っていては、いずれ限界が来ると考えた姉日和が、アイネにある提案をする。
「なるほど、悪くないわね! いずれにせよここを突破して増援を抑え込まなきゃ! イヴさん、撤退してください! 一つ下の階まで下がってください! 敵は私たちが食い止めます!」
「撤退……? なにか策があるのですね、承知しました! みんな、下の階に撤退だ!」
イヴの合図で、女性探偵たちが次々に戦線を下げていく。
彼女たちは急いで下の階に続く階段から脱出する。このフロアはちょうどビルの住居区画の中間らしく、下り階段がある場所からは上の階には行けないが、その代わり上から敵増援が来ることもない。ただしこちらも、敵の群れを突破しないと上に行けないので、痛しかゆしといったところか。
「ザッケンナコラー!」
「スッゾコラー!」
男性探偵たちは、女性たちが逃げ始めるのを見て、直ちに追撃戦に移った。
アイネと日和姉妹たちは必死になって時間を稼ぐ。特に体高の大きいアイネは何発か被弾してしまったものの、5分してなんとか味方を下の階に逃がすことに成功した。
階段に侵入されてしまうと、今度は下の方からも回り込まれ、一網打尽にされる恐れがある。だが、それでもあえてここまで防衛線を下げたのには当然理由がある。
「今よひよりん、ここまで頑張った敵の汗を存分に洗い流してあげなさい!」
「う、うんっ!」
「お姉ちゃんは壁を作って!」
「はぁいっ!」
ここで妹日和が水術を起動し、天井についているスプリンクラーを全開に作動させる。
スプリンクラーは狂ったように水を降らせ、先程まで銃撃戦が行われていたフロア一体は土砂降りとなった。それでも、男性探偵たちは濡れるのも構わず次々と突撃してきた。
階段まで到達した敵が、姉日和の召喚した土壁を壊しにかかる。
銃床やスコップによって、徐々に壁に穴が開いていくが…………ようやく銃の射線が通る大きさになったとき、彼らはアイネが手に持っているモノを見て驚愕した。
「ふっふっふ、水浸しになった時点でおかしいと思わなきゃだめよ♪」
ゴム手袋をはめたアイネが……壁から引きずり出した高圧配線を壁の向こうに投げ込んだ。
『アババババババババババババババババババババババババババッ!!?? アバババッ!?』
スプリンクラーの全力稼働で一気に水浸しになったフロアに、高圧電流が流れる。哀れ男性探偵たちは、誰一人例外なく感電してしまい、物の数秒で黒焦げになった。
「行くわよ、二人とも!」
「おーっ!」「う、うんっ!」
敵が全滅したと判断したアイネは、敵が大勢来る前にフロアを突破すべく飛び出した。
姉日和は土壁を消し、妹日和はスプリンクラーを止め、アイネは配線を階段下に放棄。そして二人を両腕に抱きかかえ、建物の中を翔けるミサイルのように、上の階の会談へと突き進んでいった。
いっぺんに丸ごと殲滅した甲斐あってか、上のフロアに続く階段からは散発的な攻撃が来るだけだった。目の前に現れる敵を、アイネが抱えたひよりん姉妹がイージス艦の如くかったっぱしから駆逐し、アイネはただひたすら上の階に上っていく。
やがてアイネが15階ほど上ったところで、またしても今までと違った雰囲気のフロアに出た。
地上770階以上――――ここから上は本当の意味での「雲上人」のみ立ち入りを許される場所だ。上のエリアに続く幅広の階段には、カシミヤの赤絨毯が敷かれ、一点の汚れもない。
そんな場所までアイネたちを、大勢の武装探偵たちと、天井からつるされた巨大スクリーンが出迎えた。スクリーンにはマドカ=月光=ルナールの美貌が映し出されている。
「野蛮ね。本当に野蛮だわぁ。ここから先は、あんたたちのようなクズが来る場所ではなくってよ」
「ふん、来る場所じゃないからなによ。こちとら生活がかかってんだってーの!」
「まぁまぁ、本能で戦ってるのね。まるでゴリラだわぁ。殴ってすべてを解決する野蛮な思考といい、男みたいな薄い胸といい、まさしくゴリラだわぁ。確かゴリラ駆除専門家がいたはずだから、呼んでこなきゃねぇ」
「あっそ。そのゴリラに負けたら、あんたも赤っ恥じゃすまないわよ」
アイネはスクリーンに映し出された人物が、今回のインフレ騒動の元凶だと勝手に認識した。当然それは誤解であり、元凶は現在下のフロアで精神的敗北を喫したところである。
「それより、なんであなたは有栖摩武装探偵社を乗っ取ったの? 新しい会社でも立ち上げる気?」
「乗っ取る? おぉーーっほっほっほ! バッカみたぁい!
この男たちは自ら進んでわたくしに忠誠を誓っていますの! ねぇ、みなさぁん」
「「「イエス・マム!!!」」」
「くっ……これは完全に洗脳されているようね」
宍戸の件といい、オリヴィエといい、どうも最近はアイネの周りで洗脳が流行っているらしい。
「やっぱり天使とは言え、下賤な生物と話すのはつまらないわ。
ワンちゃん、飼い主の命令よぉ、あのゴリラを始末なさぁい♪」
「承知した」
どこからか、威厳のある古めかしい声が聞こえた。
しかもこの声にアイネは聞き覚えがあった。
「まさかあなた…………高畷さん!?」
アイネたちの前に立ちはだかったのは、黒い毛並みのワーウルフ――――
竜舞奏のかつての部下であり、アイネもよく面識があった武装探偵、高畷 門道がそこにいた。
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