月は無慈悲な女王様 後編
風車のように振るわれる鉄槌から業火が生まれ、敵対者に向かって叩きつけられる。
かつてアイネとは面識もあった『黒鉄探偵』高畷門道は、もはや彼女を新たなる主――マドカ=月光=ルナールに害をなす者としか見ていない。
「高畷さん……あんたは師匠にあれだけ心酔してたよね。たとえ犬と罵られようと、恩人には一生忠誠を尽くすって」
「あれは間違いであった―――――マドカ様こそが、真の支配者である。真の忠義を甘く見ては困るな」
重さ1t近い金砕棒が、アイネの虹天剣と火花を散らして交差した。
あらゆる金属をバターのように両断する虹天剣ですら弾き返す金砕棒は、おそらく以前戦ったゴリラ兵器と似たようなコーティングがされているのだろう。
「……わかったわ。そこまで言うなら、もう目を覚ませとは言わないわ」
アイネの言葉は自棄に冷酷に聞こえた。
彼女は翼を大きくはばたかせると、空中で四方に虹色の盾を展開した。
「「「ザッケンナコラー!!!」」」
フロアのあちらこちらから、武装探偵たちが空中にいるアイネ目がけてマシンガンを乱射。
「ドゥラァァァァッ!!!」
高畷も、狼のような咆哮を上げて鉄火羅刹による業火を振りまく。
集中砲火を受けたアイネは、たちまち火柱と硝煙に巻かれた。これにより、彼女の姿がモニターでは見えなくなる。
「ふぅん、頑張るじゃない。どうせバリアーとか言って防ぐんでしょう? でも、いつまでそうしていられるかしらぁ♪」
風呂から上がったマドカは、高級ソファーに座って、超高級ブランドを身に纏いながら、相変わらず優雅に戦いの様子を見ていた。
目の前の戦いは、彼女にとっては安全地帯で見る娯楽に過ぎない。いくら部下がやられようとも、変わりはいくらでもいるし、彼女の部屋の周囲は超厳重なセキュリティーが敷いてある。マドカの安全は100%保証されたも同然であった。
さて、そうこうしているうちに、画面に動きがあった。
「せめて天国に送ってやるわ! プリズム・パージ!!」
周囲の弾幕が薄くなった瞬間、アイネは四方に展開していた虹の盾をバラバラにし、破片を虹のビームに変えて乱射した。
「「「グワーッ!!」」」
今までさんざん撃たれたお返しとばかりにガンガン飛んでいく虹のビーム乱射により、武装探偵たちが次々に撃ち抜かれていく。
「おのれっ!」
高畷も、アイネが好き放題虹のビームを乱射するのを止めるべく、高い跳躍力を生かして金砕棒を振る。
だが、残念ながらこれは悪手だった。アイネは高畷のジャンプ力で届くか届かないかのところを飛んでいたので、金砕棒による攻撃を容易に回避し、空を切った金砕棒を逆に上から虹天剣で叩き落とした。
超重量の金属の棒が階段に突き刺さった。
高畷は慌てて抜こうと近寄るが、そうはさせないとばかりに、アイネの飛び蹴りが襲い掛かる。
「さぁて、武器と素手じゃちょっと不公平よね。私も素手でやってやろうじゃないの」
ただ、何を思ったか、アイネは虹天剣を仕舞い、両拳を腰の位置に構えた。
「…………我を甘く見た代償、その身に受けるがいい」
すると、対する高畷も、まったく同じ構えをした。
竜舞奏直伝――竜舞式格闘術の構え。まさかの兄妹弟子同士の対決が、この場で繰り広げられることになった。
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「何やってるのよあのワンコ! さっさと羽の生えたゴリラをやっつけちゃいなさい!」
苦戦する高畷を見て、マドカは若干不機嫌だった。
部下は替えが利くとは言え、一方的にやられるのを見るだけでは面白くもなんともない。
あの女は苦しめて苦しめて苦しめて――――無様に命乞いをさせてから殺す。そう決めた。決めたからには、男どもは彼女の願いを叶える義務がある。
「新しい世界にはねぇ、余分なものはいらないの。あんなわけのわからない野蛮な生き物は、新しい世界にはふさわしくないもの」
マドカにとって、カンパニーとは望めば好きなものが出てくるおもちゃ箱であった。彼女は物心ついた頃から、叶わない願いなど何一つなく、世界は自分を中心に回っていた。
ところが最近のカンパニーは、まるで出汁が出切った豚骨のように、望んだものが手に入らなくなってきた。
なら、もう一回何でも願いが叶うおもちゃ箱を作ればいいだけの話。
それが、彼女が新しい世界の再生を望む理由――――リブートの月となった理由だ。
マドカは奴隷たちに命じて、早くアイネをぼこぼこにしてここまでひきずって来いと命令しようとした――――――その時だった!
「おっじゃましまーーーーーすっ!!!」
「お父さんをいじめるのはやめろーーっ!!」
「……は?」
なんと、どこからか現れたひよりん姉妹が、重厚なドアを突き破ってマドカの部屋に突撃してきた!
「お父さんが命懸けで時間稼いでるから、早くかたずけようねひよりん!」
「うんっ!! 早くしないとまたお父さんが傷だらけになっちゃうっ!」
どうやらマドカは、あまりにもアイネに対して執念を燃やしすぎたばかりに、ちっこいひよりん姉妹を脅威と認識していなかったようだ。そして、マドカの考えを汲んだ奴隷たちは、アイネの撃破を最優先事項にしてしまったせいで、ひよりんたちに対してノーマークだったのだ。
何重に張られたセキュリティーも、オリジナルの千里眼を掻い潜れるこの二人にはあまり意味をなさず、ほとんど妨害なしでここまで来れた。
「何をしているの! 私を守りなさい!」
『はっ!!』
イケメンたちが素早くマドカの前で盾になる。
けれども、人の身体は脆く、二人が振るう属性剣によってあっという間に切り裂かれてしまった。
マドカは呆然とするほかなかった。今まで自分の身に危険が及んだことは生涯で一度もなかったので、目の前に迫った危険を前にどうすればいいかわからなかった。
手ゴマをすべて失ったマドカは、そのまま姉日和から竜舞式格闘術「失落」を後頭部に喰らい、意識不明となって倒れた。
数えきれないほどの人間の人生を弄んだ狂気の女性……マドカ=月光=ルナールは、あっけないほど簡単に敗北を喫したのだった。
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