雑魚の旅路

 これは、悪夢だ。

 反抗作戦開始の直前、アステロイドベルトの隕石群から国連軍が湧いて出てきた。そして、たった二十数機の戦球、駆逐艦、軽空母に、精強を誇る流星艦隊が負けつつある。


 JPSC(日本宇宙軍)が伝統のカミカゼ作戦で来やがったと笑っていた小隊長が、笑い声を上げたまま撃墜された。その14式とやらを目で追うと、流星艦隊旗艦の揚陸母艦「コロンブス」の戦闘ブリッジがあっという間に爆風で吹き飛ばされた。


「あれが死神か」

 ミュラーさんが諦念を込めた声を出す。

「あいつを、堕とさないと」

「無駄死にになる。やめとけ」

「あんた、戦術運用補助AIだろ。俺のいうこと聞けよ」

「死に急ぐことが誠実ってもんじゃないんだ」

「糞っ」


 俺はオールマニュアルキーを回すと、死神だけを真っ直ぐに見てスラスターを噴かす。

 小隕石を掻き分けて必死に追いかける。

 死神は、まだ艦載機が載ったままの大型空母「ヒマラヤ」への砲撃を始めている。やらせるか、その気持ちだけでマニュアル操作で隕石を躱す。

 死神の砲弾を喰らったヒマラヤの飛行甲板には大穴が開き、捲れ挙がる。その穴から無数の仲間が宇宙に放り出される。


「糞ったれが! 死神野郎!!」

 俺は必死で死神を追いかける。

 やがてドッグファイトになり、小隕石と味方の残骸を避けながら俺は必死に奴の尻に食らいつく。

 死神の尻に付いてロックオン出来たと思った瞬間、奴の背面機銃が火を噴き、俺は撃墜された。


 俺は気付くと宇宙に漂っており、ミュラーさんを載せたまま俺の搭乗機は爆発を起こした。ミュラーさんが直前に脱出シートを起動していたのか。

「雑魚キャラだったな、俺達。ミュラーさん……」

 急速に遠ざかっていく戦域が、色んな光で飾られたクリスマスツリーのようで、俺は苦笑する。クリスマスのネオンなんて、もう何年も見たことがなかった。


「呆気ないな」

 俺が十三の時から戦い続けた独立運動が、たった一人の死神によって終わっていく。

 ヒマラヤが轟沈したとき、俺にはそれが、自由を弔う花火にしか見えなかった。


 ◆◇◆◇◆


「アベル=エンリケスさん」

 呼ばれて窓口に行くと、受付の痩せた女が食料配給券を用意して待っていた。俺はそれを黙って受け取り、不自由になった左足を引き擦って区役所を出る。

 幸い、火星は重力が小さいので痛む程でもない。


 ハイパーインフレの影響で、退役軍人の恩給は配給券で交付されることになった。それでも、一日パン一つと交換して月末に余るか余らないかのしょぼいものだ。

 それでも、貰えるだけマシで、家族に兵役に行った者がいなかったり、戦死証明を貰えなかった人達は、地球人が捨てたごみをあさる位しか生きる術がないようだった。


 区役所から自宅に戻る途中の裏通りは、路上生活者で溢れかえっている。その道端に停まった車の中から、いい争う声が聞こえてくる。

「火星人に払ってやるだけでもありがたいと思えよ。人殺しの癖に」

「私は何もやってない!」

「火星人ならみんな犯罪者なんだよ」


 開いたドアから突き飛ばされるように出て来たのは十二・三歳の女の子供で、首筋にたくさん青痣をつけて、痩せ細っている。

 手に握っているのは食料配給券だろうか、力一杯握り締めてグシャグシャになっている。


「弟達がお腹をすかせてんだよ。約束した分だけでいいから払って」

 少女の叫びに構わず、国連軍の兵士らしい男は黙ってドアを閉じて急発進し、甲高い音を立てて角を曲がっていった。


「糞っ」

 少女は、右手の中指を立ててもう見えなくなった軍人に抗議した。

 彼女が右手を下ろし。疲れ切ったように全身の力が抜けた瞬間、さっきまで道端に寝転んでいた男が不意に少女につかみかかる。

「あっ、だめ」

 男は少女の左手から配給券を奪うと、少女を突き飛ばして逃げていった。


「糞っ、糞っ」

 少女は、寝転んだまま、動かない。

 怪我でもないかと近づいて行くと、涙で濡れた目でこちらを睨んでくる。

「もう盗るもんなんてないから」

「そんなつもりじゃねぇよ」


 俺は少女の隣に寝転ぶ。

 一昨日の砂嵐で汚れたままの天球から、赤茶けた空に浮かぶダイモスの陰が見える。

「あんた元軍人さん?」

「ああ」

「ベルノルト=ミュラーって、ドイツ出身の慢性霊体剥離の男、知らない? 鉱山で働いてた」

「さぁ」

「おじさんじゃ、パイロットは無理か。なんかトロくさそうだもん」

「そうか」

 本当に人生は糞ったれで、俺はトロくさい。


「これ、やる」

 俺は自分の食料配給券を半分ちぎり、前々から用意していた封筒と一緒に手渡す。

「こんなに!?」

 少女は目を輝かせて配給券を見る。

「3回くらい、中で出していいよ」

「俺はロリコンじゃねぇ」

 俺は起き上がり、自宅に向かって歩き始める。


「おじさん、ありがとう」

「もう取られるなよ。ヘルナ」

「分かってる!」

「出来れば、売春はやめろ」

「出来れば、ね」

 思わず名前を呼んでしまったが、大して気になっていないようだった。

 エリクシア鉱山で霊体剥離を起こすまで働かされたドイツ人なんて、そうはいないだろう。やっとミュラーさんのバディとして最後の役目を果たせて、俺は安堵した。彼の分の恩給が入れば、売春まではしなくて大丈夫だろう。


 ◆◇◆◇◆


 その日の午後、俺は約束した扉の前に立つ。同じ設計のものが何棟も並ぶ、なんの変哲もないアパートメント。

「ジョージか?」

 中から声がする。

「ワシントンだ」

 扉が開く。素早く中に入り、扉を閉じる。


「アベルさん、やっとその気になったんですね」

「ああ、やっと、こないだの戦争が終わってな」

 戦争を生き延びたレジスタンスの仲間達が、俺を鼻で笑う。

「キザだったか?」

「鳥肌立ったぜ」


 雑魚なら、死ぬまで泳ぎ続けるしかないだろう。






 完



 ◆◇◆◇◆


 お読みいただき、ありがとうございました。

 拙作、「刀と魔法と潜空艦」も連載中です。

 ぜひ、そちらの方も応援お願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ふたりぼっちの天の川 青猫兄弟 @kon-seigi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ