第二話 他称探偵リフレイン
「お客様~!お客様の中に、探偵、『探偵』はおられませんでしょうか~!?」
CAが、眼前でそのような寝言を吐いている。空の上の接客の
プロである筈の彼女が、乗客にこのような不快感を与える言動をして
許されるのだろうか?特に、青春真っ盛りの中学生の最大とも呼べるイベント、
修学旅行というワクワクイベントの移動中に行われていい行為ではない。
「なにかあったんスかね?ごすずん…」
ご
探偵となったぼくの、一応の助手である
地毛の金髪に、校則違反の狐耳バンドをつけた彼女はぼくが探偵となった
次の日に、どこからかその話を聞きつけてきて助手になりたいと言いだし
つきまとってきている。なんでも、"自称探偵マニア"らしい。
自称探偵マニアにして助手の彼女は飛行機の離陸直後からずっとこんな調子で、
飛行機という飛ぶ鉄の塊の感触に慣れず、恐怖している。
それにしても、乗組員の急病で医者を探すというシチュエーションはよくある事
だと思うが、探偵を探すなんて事があるのだろうか?何のために?
カブトボーガーを探すというのは見た事がある。あと確かエアギター世界一が
乗客を落ち着かせたとかいう話も聞いた事がある。
「事件ッスかね…?」
顔を埋めてプルプルしたまま七尾が言う。仮に機長が他殺っぽい
死に方をしていたとしても、このご時世探偵とかいう奴を呼んでも
碌なことにならんとおもう。せいぜい場を適当に引っかき回されて、
証拠品も現場も犯人をも殺して
関の山である。
ただ、この空々の上でなぜか探偵が呼び出されるという事象はまさに
珍奇であり、たぶんこの場に居る探偵でない全員を含め、正直何が起きているか
気になる所ではあるのではないか。
適当な探偵が手を挙げて、この場で盗み聞きできるくらいの音量で事情が
話されないだろうかという期待が持ち上がる。しかし、ハツカネズミのごとく
姿を増やしておりどっちもどっちもしている自称探偵も、さすがに学生の
修学旅行の途中の飛行機の中には、そういないらしい。
そんなやたらフワフワした空気の中で、おずおずと一本の腕がる。
腕はぷるぷると震え申し訳なさそうに少しずつ指先の高度を上げていった。
なんとその腕は、探偵であるぼくのすぐ傍から生えていた。
「わ、私は助手ですけどぉ…ごすずんが探偵ッス…」
さすがにこの状況で否定するわけにもいかなかったので、探偵──
『他称探偵』である事を申告し、CAに事情を聞く。
どうやら話を聞く前に乗務員用のスペースに通されるようで、客室の空気は
明らかにがっかりしたそれに変わった。
■
「ハイジャック…?」
飛行機で起こる事件としてはとてもわかりやすいものだったが、普通それは
このような形で知らされるものではない筈だ。こう人相の悪い男たちが
銃を持って何人か現れて、乗客にも乗務員にもそれを突き付けて色々
要求をするものだと考えていた。少なくとも乗務員室?のような部屋に
通され、来るまでにはそのような姿は見受けられなかったし、
「大体それで間違いありません。突きつけている人物と銃だけが見えませんが、
この飛行機は犯人によってコントロールされてしまっているのです。」
先ほど客室へ探偵をあぶり出しに現れたCAは、インカムで操縦室と頻繁に
やり取りをしながら、その傍らで探偵に事情を話す事になっており、話が
途切れ途切れでテンポがわるい。少し事情は聞けたところだが、席を立ってから
もう随分時間が経ってしまっている。
「─失礼、…探偵様と助手様を操縦室に通せとの事ですので、こちらに。」
「そ、操縦席に?なんで?それにたしか、一般乗客は操縦室に入れては
いけない決まりなのでは…?」
「ごすずん、物知りッスね。」
メーデーで見たことある。
「それは確かにそうなんですが、異常事態ですので。」
まだどう異常なのかを把握できていないまま、さらに奥へ通される。
なにがしかのセキュリティで守られた扉をいくつか突破した先には、
計器類とスイッチがそこかしこに配置され、空模様がガラス1枚挟んで眼前に
広がるまさしく、ドラマや映画で良く見るような操縦室そのものだった。
メーデーでもよく見る。
二人の操縦士は計器類を注意深く見ているようで、今しがた入ってきた3人には
注意を払っていないようだった。誰がここで待っているのかと思案する間もなく
操縦室に設置してあるスピーカーから声が響く。
「操縦室へようこそ、『探偵』。私がこの事件の犯人です。」
「「は…?」」
助手と驚嘆の声がダブった。
「こういう事です。この飛行機は、操縦システムそのもn
「黙ってなよ。事情は全部犯人である、この私から話すと言ったはず。
この飛行機、落とされたいの?」
チーフCAが補足を入れようとした矢先、スピーカーから不機嫌そうな声が響き、
遮られる。どうやら先ほどの犯人によってコントロールされているというのは
まさに操縦システムそのものを何らかの電子的?な手段によって乗っ取られた、
という事らしい。
「まあ、そういうことなんだけど。この飛行機の操縦システム…ああ、通信系
もかな。それらはぜーんぶ、私が乗っ取っちゃいました。」
「え、えぇ…!それじゃあ私達乗客はどうなるッスか…!?」
「私の要求を呑んでもらわなければ、飛行機ごとこの世からおさらば
してもらう事になるねえ。
適当に爆発させて、空中分解させるか…豪速で着水させるのもいいかなあ?
あるいはエンジン止めてこの高度から自由落下、っていうのも楽しいかも~」
普通に洒落にならない。だが声色からすると犯人はその想像を楽しそうに
語っており、要求とやらを呑まなければ本当に飛行機事故が現実となる
想像をするのは難しない事だ。─自在に操る事ができるという事が本当なら。
そう思って聞いてみることにした。
「でもどうやって飛行機を乗っ取るなんて真似を?さすがに遠隔操作、
ってんじゃ無理だろうし、音声だけのブラフって事はないのかな。」
「いやあ、実際にできてるから操縦士二人は真剣な顔して計器類に
釘づけになってるんだえろう?信じられないのなら、エンジン1つくらい
停めてみてもいいけど?」
「ええっ!やめるッスよ!そんな事したら要求も通らないッスよー!
ごすずんも、犯人を刺激するのはやめるッス~ ><」
実際はエンジン1つくらいなら面倒にはなるが、うまくすれば飛行も
継続可能で、着陸もしっかりできるようになっている事が殆どではある。
四基のエンジンのうち3つが空中で停止しても無事に着陸できた話だって
あるくらいだ。メーデーで見たから間違いない。
「へえ、そうなんだ?私は飛行機の事は良く知らないからなあ。でも
それならちょうどいい感じに脅しになるかなあ?いや、よく考えたら
制御は私が掌握しちゃってるから、そんな不測??の自体には
対処できないや。」
「不測ではないとおもうんだけど。」
「コンピューターにとっては、って事だよ。さっきも言ったけど、
私も飛行機の操縦については詳しくないからね。今はどっかからパクってきた
自動操縦プログラムを適当に走らせて、雑に飛ばしてるだけ。」
ただでさえハイジャックされてるというこの状況で、なんで動いてるか
わからないものに乗客全員が命を預けている状況になるのか。もともとの
飛行機操縦で使う自動操縦プログラムも同じではあるのだが。
「─君はハッカーなのか?どうしてこんなことを?なぜ探偵を探している?」
「ハッカー…ではないねえ。趣味柄、伝送系に強いからシステムの乗っ取り
とかに強いだけ。電波のように伝えられるものであれば、例え飛んでる飛行機
ですらこの通り。ただ、さすがに距離があるんで今回はシンプルなワザを
使わせてもらったけど。理由については…そうだなそのワザから先に
説明しよう。」
「?」
「今の状態で会話するの、結構面倒臭いんだよね。"タショウタンテイさん"
とやらの顔もこの目で拝んでみたいしねー。」
「おぉ…ご
事件に巻き込まれるなんて、志願した甲斐があったッスよ!」
横で勝手に目を輝かせている七尾をよそに、『プツッ』という音が操縦室に
響き渡る。スピーカーが切れたらしい。一度会話は終わりという事か?
「あの…」
背後からCAの声が聞こえたので皆がそちらを振り向くと、ぼくたちをここに
案内したチーフCAは部屋の入口で両手を上げており、その後ろに場に
似つかわしくない──いや自身や七尾もそうなのだが、それ以上に
似つかわしくない、ちっこい少女が銃を向けて立っていた。
その少女の顔にはあまり見覚えがないが、服装は毎日よく見る、いわゆる
いつものやつで、ようするに助手も今着ている、学校指定の黒を
基調に端に少しフリルやリボンをあしらった、うちの女子制服というやつで
つまりは今まさに修学旅行に参加している、
「はじめまして。この飛行機をハイジャックした犯人である──
私立蟹王中学校3年、 "アナキア=モンサルカ" です。」
同窓生は、目を細くし口の両端をつり上げて、挨拶をした。
■
「に、日本語がお上手ッスね…… !え、えぇっと、できれば銃を~…
向けないで欲しいッス…よろしく…お願いしまッス…」
七尾が適当なお世辞を言うとアナキアは不機嫌そうな顔で銃をそちらに向け、
CAを掌で押してこちら側に寄せる。
「スピーカー会話の時からなんか五月蠅いね、君。大体なんだよ助手って。
同学年の自称探偵に、助手なんて志願してなるか?ふつう。
まあ、日本語が上手なのは否定しないけどさ。外国名だけど日本生まれ
日本育ちだし。」
こうして犯人の話、というか言葉を聞いていると、違和感がある。
これは全員が感じられているものだと思うし、理由はすぐにわかった。
こんなにペラペラ喋っているのに、口が動いていない。余裕の表情だけを
顔に貼りつけた小さな少女は、喋っているのに喋っていないのだ。
「そう不思議がってくれるなよ。これも趣味柄得意技でね。
腹話術ってやつだ。」
「へぇフクワジュツ、ッスか。初めて見たッスが不思議な術っスね…?」
腹話術はあくまで、唇やその周りの筋肉を大きくは動かさず腹式呼吸を主に
用いて発声する技術のことだった筈で、このセミロングウェーブの黒髪の端を
挑発的に手の甲でかき上げ、口の端を釣り上げたまま全く動かさないで
会話を行う技術ではない筈だ。
これを腹話術と言われて簡単に信じるような奴は、中学生の自称探偵の助手に
名乗り出るほどの馬鹿か、よっぽど彼女自身に興味がないかの、どっちかだ。
「あ、バレた?実は骨伝導デバイスを口の端に埋め込んでてね。口を
動かさなくても発音できるってワケだ。別に口を動かしてもいいけど、
余計にバッテリ食うだけだしね。うん、そこで今にも私の銃を力づくで
奪おうと険しい顔してる操縦士さんが無駄な過ちを犯さないよう、早めに
説明しておこう。この身体、人間じゃあないんだよね。精巧に作られた
人形、ってヤツ」
ニッコリを貌に貼りつけたままの
先ほどから一人両手も上げずにおろおろうろうろしている助手に向かってだ。
「こんな小さな少女だから、銃さえ奪えば制圧できる……なんて考えは
止したほうがいい。前の人形と違ってかなり色々人間離れした設定に
してあるからさ。銃は単にそういう説明が省けるから用意してるだけで…
まあ、百聞は一見にしかずという事で」
「な、何をするつもりッスか…?つか何で私に…!?あ”ぁ”っ!?
い、いだい!いだいッスよ!降ろして~!!><」
七尾の顔を、ちっぽけな黒い少女が掴んだかと思うと、七尾の足が
ちょっとだけ床から浮いた。アイアンクローをキメている。
七尾のほうが少し背が高いせいか、ほんとちょっとだけ床から足先が浮いている
くらいが限界の高さのようであんまり暴力的な感じがないが、少なくとも
やられている本人が、両手で引きはがそうとしてもビクともしないくらいには
強い力で浮かされているらしい。
「あだだだだ!!い”だい!ごすずんっ!ごすずん助けてぇ…」
「…やっぱりCAさんか誰かにしとけばよかったかな。さっきから五月蠅いから
少しは静かになるかと思ったんだけど。とりあえず、静かにしないとこのまま
頭蓋骨ごと握りつぶすよ?今でも結構痛いと思うけど、
この握力、幾らでも二倍にできるんだよ?」
「ぇ”ぇ”!っ……」
この女、余裕ぶっている割には結構気が短いと思う。なんか微妙に武力が人間
離れしているのかもよくわかんないまま、助手のみぞおちを適当に叩いて
投げ捨てた。げほげほ言って這い蹲っているが、それどころではない。
先に言及された通り、操縦士の人がそうしようとしていたように実際、
隙を見て銃さえ奪えば制圧でき、制圧できたなら操縦のコントロールを
取り戻す事もできる、また本人が乗り込んでいるなら飛行機を落とせば
本人も死んでしまうわけであってそこまでの強硬手段にはそうそう出ない…
と結構楽観視していたのだが、思ったより事態は深刻らしい。
「そういうこと。人形を載せたのはコントロールを奪う端末代わりでも
あってね。マッハの速度で超高度を飛行してる機械のプログラムに
干渉するなら、その内部からが一番手っ取り早いだえろう?
それでも結構難しいんだけど、私ホラ、天才だからさ。伝送系…
伝わる経路さえ確保できれば、何だって伝えきってみせるさ」
この余裕、自惚れ方。この手の人種には見覚えがある。彼女の目的も
それに関することではないかという、1つの思いつきがあった。
「君も…自称探偵なのか?」
「そうだよ。私は"伝心探偵"。少し前までは、暮間伊香菜と名乗っていた。」
■
「くらすのま…いかな」
「まあこの個体はこの個体で、きちんと私立蟹王中学校3年の留学生
"アナキア=モンサルカ"という肩書があり、偽名とかそういうんじゃないよ。
メインで使ってたほうを廃棄したのと、たまたま都合がよかったから
予備として動かしといたこの個体に意識をダウンロードしたまでの話さ。」
「廃棄…」
「で、伝心探偵はさい"きん"、死亡した筈ッス…ょ、たしか自殺した、とかって」
目の前の探偵の言動についていけない探偵が呆気に取られている間に、
呼吸困難に陥っていた七尾が復活していた。
「お、よく知ってるね。というか復活早いね助手さん…結構な力でみぞおちを
ぶっ叩いた筈なんだけど。話が早そうだし説明よろしく。」
「え"…?ぁ、は、はいッス…伝心探偵 暮間伊香菜は、私立蟹玉学園…
そういえばウチのガッコと名前似てるッスね。そこの中等部に所属する、
中学生探偵だった筈ッスよ。結構有名だったんで、私みたいな自称マニアじゃ
なくても結構知ってる人が居た筈ッス。んで、ついこの間自殺した、
っていう事でまた話題になってたッスよ。自殺の原因まではまだ調べて
ないんスが…
っていうか、ごすずんは聞いた事なかったんスか?」
「"聞いたことなかったんスか?"、"ごすずん"。」
伝心探偵が、わざとらしく助手の調を真似ておどけて繰り返しているが、
ぼくがそれに返す答えは、ない。答えられない。
「まあ、いい…どのみちその話は最後にする事になるかな。そういうワケで私は
前の身体を自殺=廃棄したんだよ。事前に意識のダウンロードを行ってね。
適当に動かしといた人形を、主人格である私が乗っ取った、って感じだね。」
意識のダウンロード。これも漫画か何かで読んだ事があるような概念だ。
ようするに自分の意識や記憶を、別の身体に移すという事だと思う。
そんな技術が確立されているなんて話は聞いた事ないが、この"自称腹話術"の
技術や、飛行機のシステムを乗っ取った手腕からしてそのような謎の技術を
持っていてもおかしくはないだろう。
「そうそう。私天才だから。今まで誰にも言ってなかったけど、それこそが
『伝心探偵』の伝心の神髄だからね。因みにこの国だけでもぜんぶであと
62人ほどの"私"が一般人に紛れて生活しているね。
どれも口は動かさず喋るけど。気が向いたら探してみてね。」
「あぁ~…なんかそんな変な留学生がいるとかって聞いた気が、しまッス…」
操縦室を制圧している人形は、またおどけた態度で観客に向けて身振り手振りを
続けている。この人物が特異なものである事はよくわかったが、目的だけは、
未だに不明。
「さて、私の"ワザ"の説明が終わったことだし、この飛行機が本当に掌握されて
いる事は十分に理解できてもらえたかな?このままだと、飛行機は適当に
落とす事になるけど、どうするね"探偵"?」
「…もう一度聞くけど、なぜこんな事をする。何が目的なんだ?それも君の
探偵活動なのか?怪盗がいないこの場では如何に天下の探偵法とはいえ
許される所業じゃあないと思うけど。」
「あぁ、世間的には伝心探偵だったのは前の個体だけで、別に今の私…
アナキアが探偵としての肩書まで引き継いでるワケじゃない。目的、
目的はだなあ。」
人形は一度黙って顎に拳を当てて探偵を見上げ、睨む。
「ダメだな。やっぱり…こんなのと勘違いされてはたまらない。
1つ、偉大な探偵の話をしよう。」
「偉大な探偵ッスか!まさか裏社会第4位『柊悶絶商会』の所属にして自称探偵
でもある柊…いやそれとも悪滅の処刑人『決戦探偵』とか…!?」
助手が食いついてきた。また殴られそうだと思ったが、そうでもなかった。
「いずれも違うな…彼は普段、あまり目立たず別に腕っぷしが強かったりとか、
探偵よろしく頭がよかったりとか、そういうのじゃあない。私みたいに、
1つの分野に特化していて伝心みたいに特殊な事ができるワケでもない。
ただなんというか、追い詰められた時が、ヤバかった。」
最早空気となっているモブ乗員を含め全員突然語彙力が下がったな、
という空気が流れた気がするが、気にせず話を伺う事にする。
「窮地に陥った時の頭の回転が速い、というのかな。瞬発力がすごい、
というか。うーん、上手く表現できなくて伝心を司る探偵としては
悔しいな、これは。
ただ。だから彼…『自称探偵』がもし本当に今私の目の前に居たとしたら、
私はこんな風に好き勝手にこの場を制圧できている筈がないんだよ。
間違いなく、何かもっとこう、滅茶苦茶になっている。こんなに悠長に
私がベラベラペラペラしているような事には、なっていないんだよ。
多分今頃本当に飛行機が落ちそうになって、私も含めて慌ててるとか、
そんなん。」
先にこの犯人は気が短いという印象を持ったが違った。
始めからだ。コイツは始めから、キレていたのだ。
一歩、その怒りを向けられた人物に歩みを近づけたと思うと、
視界が黒い手袋を嵌めた掌に覆われていって──
「だからさ、その程度の事もできないで、勝手に他称探偵を名乗るなよ。
この…『自称"他称探偵"』 の 、 偽 物 が 。」
ぼくはアイアンクローを喰らったのだ。
■■
「つーワケで私はこの私立蟹王中学校に居る、っていう偽物を懲らしめに
来たんだよね。他称探偵の子細については、彼自身が名乗らない事も
あって確かに別人が自称しやすくなっていたんだよなぁ。」
「えぇ…偽、物・・?ごすずんが…?」
ギリギリという嫌な音がごすずんの頭から響きわたってくる。この
アイアンクローは滅茶苦茶痛いのだ。偽物。ごすずんが?私の自称探偵
マニアとしての情報収集が、まさか誤りだったのだろうか。
そういえば前の身体だったという伝心探偵・暮間伊香菜は私立蟹玉学園に
在籍していた。彼女が他称探偵の知り合いであるなら、他称探偵も
同じ学校だったという事なんだろうか。ウチの学校の私立蟹王中学校…
私立蟹玉学園…あの人間国宝・時の人である"開運探偵"から肝入りの推薦で
探偵となったという『他称探偵』。ただでさえ噂に背びれ尾ひれがついていても
おかしくないんだから、私が話を入手したときには伝言ゲームで玉が王に
変わっていたりしていてもおかしくない。ただ、やっぱり気になるのは─
「他称探偵の偽物を探すだけのためにこんな事を…!?」
「"だけ"?私には我慢がならないよ。こんな無能がアイツの仮面を
被って大手を振って歩いているというだけで虫唾が走る。
本人はいい隠れ蓑ができたからたすかる、とでも思って見逃して
いるんだろうけど、それがまっった腹立つんだよなあ!
っつーワケでさ。」
私にしたのと同じように、みぞおちに拳を叩きこんだ後、ごすずんが部屋の端に
打ち捨てられた。未だに偽物探しにここまで躍起になる理由がよくは
わからないけど、あまり口を挟まないほうがよさそうだと思った。また殴られ
そうだし。
「管制塔との通信だけ復活させるからさ、自称他称さんの肉声で、人違いで
ある事を発信してくれないかな?それだけで私は満足して飛行機の
コントロールを返すよ。」
「わ、わかった…」
「えぇ!?ごすずん、本当に偽物だったんスか!?
私を騙してたんスか、ひどいッスよ!!」(プンスコ
本人が認めてしまった。危ないところだった、こんな事件がなければ
私は偽物の探偵を相手に助手を続けるところだった。色々あって
頭から抜け出していたけどそう、こんな事件。ハイジャックなんて
大事が起こっていたのだった。
「いや、アナキア…?暮間さん…?伝心探偵さんとお呼びしたら
良いでしょうか……?貴方はこの後どうするんスか…??」
本人が偽物だという声明を出してコントロールを返してもらえば、
このまま旅行地に飛行機が着陸するのだ。管制塔には一時通信不能
である事は伝わっているだろうから、当然ハイジャックが起こった事も
伝わるワケで。
「この後?考えてあるよ。私はもはやハイジャック犯であることは
間違いないんだから、この際だから今回の身体では、正反対の
アプローチで行こうかなって。」
「は?」
「だから、前回は悠長に幼馴染なんてやってたから失敗したんだよ。
今回は「宿敵」として立ち振る舞って、何度も顔を突き合わせれば、
アイツへの新しいアプローチになって、特殊な絆で結ばれる事も
あるんじゃないかな?って…そう、この物語はこの私伝心探偵と、
彼、他称探偵の熱き対決の物語になるんだ。」
何を言っているんだ、こいつ。失敗。アプローチ。絆?
よく見ると人形であり感情を表現する必要がない筈の眼が据わっている。
「だから、探偵になったアイツに対して…私は『大怪盗・エルメシア』を
名乗る。どうせあの怪盗の素顔なんて開運探偵か、探偵王くらいしか
知らないだろうし…他にも偽エルメシアなんていくらでも
いるだろうから、そこの偽物くんみたいに本人に粛清されるなんて事も
なさそうだしね。」
大怪盗エルメシア。平成最後のネズミ小僧とも言われる、どんな探偵よりも
有名な、探偵法が施行される元凶とも言える最強の怪盗の事か。
言っている意味があまり理解できないが、その怪盗の名を名乗るらしい。
私はここからどうやって脱出するかを聞いた筈なのだが、ひとまず
コイツが改めて頭のおかしい奴である事はわかったので、
関わらないようにしよう、適当に脱出でもなんでもしてもらおう。
と思った矢先、また私の視界がいつの間にか黒い掌で覆われていて──
「い、痛"だだだだ!!わ、私は何も悪い事してなッ…いだい~><;」
「もちろん、大怪盗を名乗ったからにはこの飛行機を無事に目的地に返した
頃には面倒な自称探偵どもがわんさか待ち構えているだろうから、
首尾を確認したらこんな飛行機からはすぐさま逃げないといけないんだ。
この身体なら高度10000mからのスカイダイビングでも平気だし、
パラシュートもある。」
ペラペラベラベラされている間にも自分の頭蓋骨がメキメキいっていて
痛いので、早く降ろしてほしい。しかし、高度10000mからのスカイダイビング
だって?旅客機からそんな事ができるんだろうか。痛い痛い痛い。
「まあ、一瞬どっか開けて降りるくらいはできるだろ。着水した先に危険が
待っていないとも限らないんで、あと必要なのは…人質だね。
それも、事件にたまたま巻き込まれたか弱い女の子なんかがちょうどいい。」
アイアンクローに視界を遮られてよくわからないが、頭を掴まれたまま、
移動している様子だ。連れられている…?どこへ。遠くからごすずん(元、かな?)
が大声で何かを読み上げている声が聞こえる。未だ頭蓋骨と自分の口からの
悲鳴が止まない。
「というワケで助手ちゃん。しばらくの間人質よろしくっ。」
見えないが骨伝導デバイス?だかを通して伝わる声のトーンでわかる。
伝心探偵は、喋る時には動かさない口の両端を釣り上げ、目を細めた満面の
表情で今、私に話かけている。
痛い><;。
■
彼女自身は特別製の人形なので高度10000m超の酸素濃度や気圧の環境でも
問題なく意識を保ち、パラシュートを開いて無事着地できたようだが、
生身である自分はすぐさま意識を失い、それからこのどこかよくわからない
島で目を覚ますまでの間の事は、何が起きていたかわからなかった。
どのくらい時間が経ったのかはわからないが、うなされる私の頬に
冷たいオレジンジジュースの缶が当てられて、
「おっ、ようやく起きたね、七尾ちゃん。」
私は目を覚ました。
「えっ、ここ、どこッスか…?それに伝心探偵さん?なんで私の
名前知って…」
「ああ。他の飛行機の生徒から聞いといた。ここは、名前も知らない、
適当な島だよ。そろそろ別の人形から助けが来るから、本土に戻って
一度身を隠すちょっと手前ってとこかな。ジュースは私が飛行機に
持ち込んどいた私物。」
そうだ。私立蟹王中学校はマンモス校で、修学旅行の為の飛行機も1機に
治まらず、全部で3機の編成で観光地へ向かっていた筈だった。
コイツが目的である偽他称探偵の居る飛行機をジャックしたのは、
始めから私達がどの飛行機に乗るか特定できたんだろうか?だとしたら
やっぱり何故、こんな手の込んだ事を…
「いや、特定なんてできてなかったから、全部やった。」
「全部、って」
「他の飛行機も、同じようにジャックしたよ。たまたま在籍してる学校が
同じだったのは私の
乗員に扮したり色々面倒な事をしたけどさ。そんで、そっちで君の
事を聴いといたんだよ。」
「はァ~…」
やはりヤバい人物だと思った。自称探偵の中には自分の"推理"を通す為なら
他人への危害をも躊躇しなかったり、建物を倒壊させたりするような
問題人物も居ると聞くが、私でも知ってるくらいの女子中学生探偵が
まさかこんな人物だったとは…同じ中学生探偵であるなら人間国宝である
開運探偵でも見習ってほしいものだ。ともかく、こんな危険人物に
関わっていては自分もいつ命を落とすかわからない。はやいとこ安全に
逃げてもらったところで帰してもらおう…
「ところで七尾ちゃんにも見てもらいたいものがあるんだけどさ。」
「な、何ッスか。もうアイアンクローは嫌ッスよ。」
「これこれ。」
気絶する前アイアンクローに阻まれて見えなかった満面の、悪魔の笑みを
浮かべる横に、スマートフォンに何かのニュースの画面が映っていた。
--エルメシアを名乗る蟹王中学校の留学生につきまして、現在ハイジャックと
怪盗罪、怪盗自称罪等の点で全国的に指名手配が出される事となりました。
加えて共犯者として同じく逃走中の同校女学生も併せて指名手配し、
現在、警視庁と探偵協会にて行方を--…
「は?」
他称探偵リフレイン(────偽他称探偵 虎威なのる/敗北)
(────元探偵助手 七尾龍子/指名手配)
(────最終勝者/暮間伊香菜改めアナキア=モンサルカ改め偽エルメシア)
◆
七尾龍子────私立蟹王中学校三年。身長156㎝、体重49kg女子。
偏った自称探偵の噂で自称探偵に憧れ、助手を目指すぽんこつ女子。
噂好きで情報収集は得意。金髪は地毛。ファッションで何故か狐耳バンドを
頭に常につけている。
アナキア=モンサルカ────私立蟹王中学校三年。身長151㎝、体重46kg女子。
品性方向な優等生だったが、数日前に伝心探偵による意識のダウンロードを受け
今回の凶事を起こす。運動能力に特化した身体となっており、人間離れした
パワーとスピードを持っている。黒髪ふわわショートヘアのちんちくりん。
他称探偵エレジー 七苦八月 @hazu79
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