第17話

 広い艦内を歩き、艦橋へと到着した。


《艦橋、CDC。目標との距離、東南東、約22km。》


 まただ。艦内放送のような、連絡。伝声管よりは聞こえが良いので、是非導入してみたいものだ。


「南雲長官。海上自衛隊の艦載機を試してみる気はありませんか?」

「そうだな。敵との距離も迫ったようだし。是非、未来の性能を拝見させて頂きたい。」


 南雲司令長官は、挑戦状を叩き付けるかのようにおっしゃった。海軍機の性能と自衛隊機の性能の一騎討ちだ。


「失礼ながら、艦載機の指示は私が執らさせていただきます。……第一飛行隊!全機発艦!!」


 最上が号令をした。号令に従い、隊員が与えられた役割の行動を始める。


「第一飛行隊、全機発艦。」

「救難作業車は即応準備。」


 そして、艦橋から見える位置へあかぎの艦載機が出てきた。

 黄色の台車に引かれて移動している。今は、人力ではないらしい。人は、勝手に動く航空機についていっているだけだ。なんと便利な世界なんだ…


「第一飛行隊、発艦します!」


 艦橋にいる一人がそう言うと、甲板に準備された艦載機の一部が外れた…?いや、開いたのか?開く?何の目的で、わざわざ空気抵抗を増やすんだ?

 パイロットは機体から生えているはしごに足をかけ、乗り込んだ。滑らせる形式ではない風防が自動で閉まる。後方が完全に見えないようになっていて、パイロットにとって不利であろう風防の中に人影が生まれた。風防は透明ではなく、少しくすんでいる。

 艦載機は、水平尾翼、補助翼を順に動かした。そういえば、この機は垂直尾翼が二枚もあり、傾いて設置されている。私は航空力学は分からないのだが、垂直尾翼が二つありなおかつ傾いているものなど見たことがない。これが、飛ぶと言うのだから不可思議極まりない。

 そして私の耳に入ってきたのは、今まで聞いたことがない機械音。なんと形容すれば良いのだろう。自動車のエンジンでも、戦車のエンジンでも、レシプロエンジンでもない。形容しがたいその音は、段々と高鳴っていき耳鳴りにも似た音に変わった。

 音が高まっても、少しだけそこに留まっていた。

 その戦闘機を知らなくてもよく分かる。この艦載機は、スロットルをかなり倒しているだろう。それなのにこの機は、身動ぎ位はするがそこに留まり続けた。

 唐突に艦載機は動いた。やはり、無理に留まっていたらしく一瞬だけ機首が浮いた。噴式エンジンは斜め下に噴射出来るようになっていて、艦首を風上に置く動作をしなかったらしい。

 惚けて見ていると、艦載機は脚を浮かせていた。脚は、くるりと回転しながら胴体へ格納された。


「はやい…」


 早い、速い、迅い。もう既に、艦載機は青い布の染み程になっている。


「なんだ…あれは?」

「こんなものがこの世界に蔓延はびこっているのか?」


 長谷川艦長と南雲司令長官も私と同じく驚かれている。私達は、言葉を静かに吐息と共に吐き出すことしか出来なかった。

 それを聞いた最上海将は、双眼鏡から目を外してこちらに向いた。


「あれが、我が海上自衛隊の史上初めての主力戦闘機である、F-35B ライトニングⅡです。」

「Fさんじゅう…試作段階なのか?」

「いえ、南雲長官。それには相違がございます。」


 突然、聞いたことがある声が艦橋に入った。

 航空参謀であらせられる、源田げんだみのる海軍中佐だ。

 突然の事に、私は驚愕してしまった。ヘリコプターには乗られてない筈だ。


「失礼。私はこの時代の戦闘機が気になってしまったもので。昨日の夜から、あかぎに乗艦させていただいておりました。」


 私の驚いた顔に気付かれたのか、事情を話された。源田中佐は、本当に航空機を愛されていて、航空機の発展に目を向けられている。


「F-35Bと言うのは亜米利加の戦闘機だと言うのです。」


 その言葉の後に、源田中佐は何か言われたような気がした。独り言にも満たない声の大きさだった。


「亜米利加…か……」


 南雲司令長官は、感慨深くおっしゃった。

 それぞれが黙りこんだ頃、最上海将が私がCDCとの交信にも使った、手のひら程の大きさの黒い物体、電話機を手にした。


「全機、あかぎの零時方向2km先、上空にて単横整列。合図でCDC指示の目標にJSMで攻撃。」

〈Roger.海上自衛隊の実力を見せてやるということですね。やってやりますよ!over.〉


 日本人の英語だ。だが、私よりかは上手い。

 それにしても、無線機の感度が良いな。今更、と言えるかもしれないが、これなら注意して聞かなくとも自然と聞き取ることができる。

 艦載機もいよいよ最後の一機になった。

 同じ手順で最終調整を行っている。

 手際よく発艦した。

 一瞬にして加速し、私達を横切ると戦艦の方の轟きに近い圧縮された空気の振動を、私の鼓膜に与えていった。


「航空機が戻ってますね。」


 源田中佐が、先程の空襲など無かったかのような、静かで穏やかな海原を見ておっしゃった。

 源田中佐は、パイロット出身であらせられるため、視力は常人とは比べ物にならない。私には、群青の絵の具をぶちまけたような空しか見えない。

 ようやく、黒い点が私にも見えてきた。

 十数秒で機影が見えるか。そう思っていた。だが…それは、一気に形を成した。また、あのエンジンの音が内耳をのたうち回る。ぶくぶくと太った艦載機が、目の前に迫った。その時には、甲高い音も最高潮に達し、轟音と一緒に瞬時に低音がやってきた。

 世代を超えて感じる、この格好良さ。私の奥底にあった童心がくすぐられ、心臓の脈打ちを速めた。

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未知の海原 ス々月帶爲 @ReRu

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