第16話

 海の男が泣くなんて、情けない。

 と、私は言いたかったが、『まや』に同期がいたりしたら…そんな言葉をかけるのは非情だ。


「え…と。あ…か、艦長?」


 隊員は涙を拭わず、艦長に問い掛けた。

 艦長はやっとのことで、目の焦点を戻した。


 「これが…アナログ戦……」


 だが、直後にまた焦点が合わなくなってしまう。


「最上海将!海将は!?我々に…これからの行動、示してくださいますか?」

「……私には無理だ…指揮権を、彼らに。」


 最上海将は、実は今まで正気だったらしい。私たちの会話を聞いていたようだ。


「よろしいのですね?海自の主力艦を、正直素性も知れぬ人達に…」

「護衛艦隊司令長官の命令だ。」


 これで正式に、あかぎは私達帝国軍人に任されたことになる。


「現時点までの被害と映像の有無は?」


 最上海将は、CDCの隊員に問うた。


「えー…まやが――」

「あーいや。彼らにも聞こえるように。」

「失礼しました。まやが、小型爆弾一発被弾、魚雷一本被雷、死傷者不明。その他の僚艦、ほぼ被害無し。但し、転倒等での負傷者が航空護衛隊群全部で14名を超えました。証拠となる映像は、バッチリ収めましたよ。」


 そういえば、纏わり付く蝿のようなレシプロの音が消えている。聞こえてくるのは、火が騒ぐ音だけだ。


「まやは反転、帰投を開始。随伴艦として損傷した艦…は無いんだった。負傷者が一番多いのは?」

「『さざなみ』です。」

「それに負傷者を集め、随伴に。」

「分かりました。」


 隊員は、一礼して艦橋を去った。

 護衛艦隊司令長官としての役割はこなしている。


「南雲司令。」


 長谷川艦長が呼びかけられた。

 南雲司令長官は、それに答えられるかのように指示された。


「艦隊、複縦陣。両舷前進強速。」

「どれ。操舵士も疲れただろう。私が操艦するよ。」


 更に長谷川艦長がおっしゃった。

 だが、“未来”の技術に混乱してしまう。


「これが速力のレバーで、前に倒せば前進で速くなります。このハンドルが舵です。」

「こんなに小さくて、動くのか?」

「それはもちろん。」


 確か、舵は大きければそれだけ回しやすくなるはずだ。だが、この舵はとても小さいのに、操舵士は今までいとも簡単に回していた。やはり訳が分からん。

 そして遂に、長谷川艦長はあかぎを握った。


「艦長操艦!」


 私は勿論、定型文を発した。

 ドサッ、と何かが落ちる音がした。

 音のした方を見ると、先程まで操艦していた操舵士が足から崩れていた。

 私はたまらず、その操舵士の元へと向かった。


「お疲れ様。君は良く頑張ったよ。よくも精神を崩さなかった。私が、ハンモックのところまで連れていってあげよう…あ、もしかして、君は寝台だったりする?」

「お気遣い感謝いたしますが…自分は、だい、じょうぶです。」

「艦長!よろしいですか?」


 私は、彼の言葉を無視し艦長に問いかけた。


「副長…何故、軍人なんかになった。いや、そういうところが鈴木の長所なのかもな。早く戻ってくるんだぞ。」

「迷惑をお掛けします。」


 私は、操舵士を抱え、速やかに艦橋を後にした。


「そこを左です。」


 操舵士が、明らかに疲弊した声で言う。

 私は、操舵士に指定された扉を開ける。ここに一面のハンモックが広がっている筈だ。

 だが扉の向こうは、私の想像とは相反していた。そこには、三段の寝台がぎっしりと詰められていて、汽車さながらだ。

 操舵士を寝台の一つに寝かした。

 すると、その操舵士の目元が見る見る内に濡れていく。遂には、嗚咽を静かに漏らすようになった。

 そして、私の方を向いた。


「…何故、何故、平気で立っていられるんですか?肉体的な疲労を置いておいたとしても、精神的にあれはキツすぎます。」

「…平気に見えたか……まあ、それもそうだよ。君達、海上自衛隊は戦争を経験したことが無いそうじゃないか。ホテルで聞かせてもらったよ。…けど、私達…過去から来た者は、数多あまたの戦をくぐり抜けてきた。この私でさえ、支那事変に参加したし、2月末にあった帝都不祥事件も経験した。支那事変は、私としては初めての戦場だった。緊迫した中、敵をけん制する目的で日本海を漂っているときは情けないが少し漏らしたほどだ。私も元からこんなんじゃない。辛いことを乗り越えてこうなったんだ。だから君は、次は今よりも強くあれるはずだ。」


 今までのことを振り返ったのか、操舵士は涙をぐっとこらえている。私は、


「ゆっくり休みなさい。」


と、言葉を残し艦橋へ戻ることにした。

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