第149話 いとしいとしと呼ぶ声は 拾肆

 ……て言っても……。

 次の日あたしは、うーん……と頭をひねっていた。

 時間は昼見世と夜見世の間の休み時間。この貴重な時間に、あたしは富士さんに宣言した通り、あたしのアイデアでなにかお金を稼げないか考えてたんだけど……。

 でもなあ……土浦藩に産業かあ……。

 土浦近辺で作りやすい大豆を利用したお醤油は、すでに土浦の名産品になってる。なら、水が豊かで水路がいっぱいあるのを貿易とかに利用できればと思うけど、その廻船業ももう発達しちゃってるし……。江戸までの船便が二泊三日でつくのってやっぱ強いよね。

 いや感心してる場合じゃないし。あたしは新しい産業を考えないといけないわけよ。

 じっと考えていると、こわごわって感じで桜が声をかけてくる。

 そして、梅も。


「山吹どん、またお体の具合が悪うおりんすか」

「よろしければ、気付けの恋秘を……」


 それに、「大丈夫」と首を振って、それからコーヒーだけ、やっぱり持ってきてとリクエストする。

 熱くて苦いものを飲んで頭をさっぱりさせよう。

 ついでに、心配しないでと伝えておこう。この前うっかり倒れちゃったから、今回のこれはそんなんじゃないよって言っておかないと。


「わっち、ちと考え事をしておりんす。コーヒーも持って来なんしたら、わっちにはかまわず稽古をしなんし。そうさの、三味線がようござんす」

「あい」

「しばらくしたらわっちが手本を聴かせんしょう。しっかり務めなんせ」

「ありがとうござりんす」

「それでは恋秘、お持ちいたしんす」


 二人が去った座敷で、あたしはひたすら考え続ける。

 でもさ、土浦藩の偉い人だって藩をなんそかしようとかそういうことは試したわけだよね。土浦のこと良くわかってる人が必死で考えても思いつかない案、普通の歴女のあたしが考え付くかなあ……。

 ううん、不安になっちゃダメ。

 悩んだ先には土屋さまが待ってるんだから!


「恋秘、お持ちいたしんした」


 座敷に戻った桜と梅が、あたしの前にコーヒーのお茶碗を差し出す。

 それを受け取って、その黒い水面を見てたら――ひらめいた!!

 思わず顔をがばっとあげたあたしを、慌てたように桜と梅が見る。それに「気になさんすな」と伝えて、あたしは頭の回路をフル回転させる。

 コーヒーみたいな黒い水……泥水……江戸時代の土浦は水害に悩むほど水が豊か……確か現代の土浦の名産品で江戸時代に聞いたことがないのは……。

 レンコン!

 レンコンは蓮田と言われる場所で育てられる。蓮田は、稲を育てるたんぼのように柔らかい泥に満ちていて、田んぼよりずっと深い。そこで胸あたりまで泥につかって、その泥の中で育ったハスの根=レンコンを収穫する。だから、普通の畑作とは逆に、水が多すぎる土地の方が耕作に適してる。

 つまり……もしかして水っぽくて今はうまく使えないような土地も、レンコン栽培になら使えるようになる?

 いい案だけど、江戸時代の土浦でもレンコンは育つ? さあ考えろあたし。あー、えーと、そうだね、現代の土浦で育つんだから気候は問題ないはず……じゃあ開墾とかが必要? どう? 

 くるくるといくつもののクエスチョンマークが頭の中を通り過ぎていく。

 現代みたいな詳細な資料は手に入らない。Googleもネットもない。頼りになるのは自分の知識だけ。

 頑張れあたし、土屋家はあたしの推しでしょ? その歴史を思い出して! 推しへの愛なら負けないはずじゃん!

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