第150話 いとしいとしと呼ぶ声は 拾伍

 ぽつぽつと、桜と梅が爪弾く三味線の音が聞こえだす。その音に癒されながら、あたしは思考の海を深く深く泳ぎ続ける。

 つーてもさすがにレンコン栽培までは……あ!

 土浦近辺、当時の玉里村で蓮田でできた蓮の花を、水戸光圀に献上したことがあった!

 玉里村は水戸藩だけど土浦藩に隣接してるから、土浦藩でもいける! レンコン!

 やばい。うちすごくない? 新産業、考えちゃたよ。したらあとは使い道だよね。作っても売れなかったら意味がない。

 なにがいいかなー……。

 水害に悩むってことはお米不足にも苦しんだってことだから、主食になりそうなものが作れたらいいなー……。したら富士さんも納得してくれるっしょ?

 だいぶ気持ちに余裕ができたあたしは、桜と梅の方に視線を戻した。

 二人とも、指使いがかなりしっかりしてきた。リズムも綺麗に刻めてる。三味線は音程と同じくらいリズムも大事だから、二人の呑み込みが良くて嬉しい。


「二人とも、よう弾けるようになりんしたなあ」

「ありがとうござりんす。これこのように、撥胼胝ばちだこもすっかり硬うなりんした」


 桜がそう言ったあと、二人が同時にぺこりと頭を下げる。

 あたしはそれに笑顔で答えた。


胼胝たこが硬うなりんすのはわっちらが芸事に尽くした証。胸をお張りなんせ」

「あい」

「山吹どんにさよ言われなんすと、まっこと嬉しゅうござりんす」

「わっちも、二人の精進、嬉しゅう思いなんす。ああ、一曲弾いてはくだしんせんか」

「あれ、桜姉さん、どういたしんしょう」

「梅、あれがようござんす。わっちら二人ならではの曲――」


 桜の言葉に梅が頷く。

 そして、流れ出した音色は……「あき色種いろくさ

 なるほどね。この曲は三味線二重奏のかけあいがウリだ。息がぴったりの双子の二人には、最高の曲かもしれない。

 あたしは、曲の終わるまでの間、目を閉じてかわいい弟子たちの成長を強く感じていた。

 二人とも、すごく前に進んだね――。


 しばらくのち。

 よーく考えて、レンコンのいい活用法を思いついたあたしは、飯炊き場でほこほこと蒸気のあがるせいろを前に立っていた。

 善は急げ。レシピも速攻試してみるに限る!

 ちな、飯炊き場の人たちは「またか……」みたいな目で見てました。うん、気にしない。

 あたしが考えたのは、現代のイベントで食べたことがあるレンコン団子。誰にでも作れて、コストがかからなくて、レンコン以外の材料もほとんど必要ない。

 基本はすりおろしたレンコンを片栗粉でつないで、せいろで蒸すだけ。豪華にしたいときはそこに卵を入れたり、ひき肉を入れたりする。

 だし汁に入れて茹でるのとか、油で揚げるのもいいかなと思ったけど、こっちのやり方の方が主食になりそうだし、一気にたくさん作れると思ったから。

 蒸す時間はカンで。ときどきせいろの蓋を開けて、お団子に串を刺しながら……。

 お、いい感じ。

 あたしはお団子をひとつ、お皿にうつして口に運んでみる。

 ……やっぱり、おいしい! むっちりしてて、でも歯ざわりはサクッとしてる。お餅みたいだけどお餅より軽くて、しょっぱいおかずによく合いそう。

 残りを飯炊きさんにも振舞ってみたら、かなり好評で。甘めのお味噌をつけたのが特に評判が良かった。確かに、五平餅にちょっと似てる。



                 ※※※



「それで、これをわっちらにも……?」


 桜と梅がレンコン団子の載ったお皿を前に目を輝かせる。


「あい。お食べなんし」


 飯炊き場の人に頼んで、本格的に甘辛い餡を作ってもらってかけたレンコン団子はもうめちゃくちゃおいしかった。

 したら、桜と梅にもあげるのが筋じゃない?


「ふわあ……」


 レンコン団子を口いっぱいに頬張った梅が、目をとろんとさせる。


「これは餅のような……もっとおいしゅうおりんす」


 お行儀よくレンコン団子を飲み下した桜が、にっこりと笑った。


「腹持ちはいかがでござんしょう。さる藩のお方に、米の代わりに出す心づもりでありんす」

「良いかと存じまする」

「あい。食べ応えがしっかりとしておりんして、これ一品だけでも食事にようござんす」

「殿方なら特に喜ばれんしょう」

「それはようござんした。わっちと飯炊きの味見だけでは、なんとも言えぬところでありんしたからなあ」

「なにを言いささんす。山吹どんがおいしと認められたならどなたの口にでもおいしゅうおりんす」

「それは買いかぶりというものでありんすよ」

「あれ、ご謙遜、のう、梅」

「さよでありんす。恋秘に景気、山吹焼、山吹どんは巳千歳の名物をいくつも作りんした」

「ほんに、ほんに」


 桜と梅はそう褒めてくれるけど、あたしの今回の相手は頭の固めな土屋家家老の富士さん。

 今までみたいに行くかは……ちょっと不安だ。

 いくらおいしいものを作っても、あたしのことを迎え入れたくなくて「ダメ」って言うかもしれない。


「山吹どん……?」


 梅があたしの顔を覗き込んだ。

 それに「なんでもありんせん」と答えて、あたしは頭を振る。

 あたしはいつだって「できる」って考える。

 でなきゃ、知り合いもなにもいない江戸で一歩だって歩いていられなかった。

 だからきっと、今回も大丈夫。あたしは必ず、土屋さまのところに行くんだから。




<注>

撥胼胝:三味線のばちを使ううちに指のある個所が固くなり胼胝たこになったものです

秋の色種:色種とは特に、様々な種類の秋の草のこと。秋の草花の名前を織り込んだ詩のついた高名な長唄です。三味線で掛け合いの二重奏をするのが特徴です

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