第133話 華燭ノ典狂騒曲 拾

 そして、結婚式当日!


 牡丹さんとチェスターさんを祝福するみたいに空は良く晴れていた。

 あたしたちはそれぞれ、遊女が吉原の外に出るための切手を会所でゲットして、目立たないように大門を出ていく。

 それから、大門の外に待たせていた駕籠に乗り込んで――。

 桜と梅は、また御城に行くのだと告げたら、きゃっきゃと喜んでいた。江戸城でロッコさんにお料理を作ったおもてなしフェスティバルのときが楽しかったみたい。

 桔梗と椿ちゃんはまだ動きが微妙にぎこちなかった。御城に行くよ!って椿ちゃんに言ったとき、しばらく固まって戻ってこなくなっちゃったしなあ。でも絶対いい思い出になるから!

 お内儀さんと親父ごてさんは紋付を着てきりっと。親父さんはそんな恐れ多いとこ行けないとか渋ってたらしいけど、最終的にはお内儀さんの一喝で行くことを決めたらしい。ありがとう、お内儀さん。

 あたしは参列者兼プロデューサーだからドキドキもしてる。忘れてることはないよね? 大丈夫だよね? いや大丈夫だから!

 そんなことを考えながら駕籠に揺られてたら、いつの間にか目的地についていた。ヤバいあっという間。

 案内のお武家さまが、いまいち統一感のない妙な一行を連れて行くのは客観的に見ても壮観だった。

 いくつかの門を抜け、広いお庭の中を歩き――「わあ……!」――思わずあたしは、声をあげていた。

 お庭の中の開けた場所。そこにはテーブルセットが出されてて、季節の花と絹のリボンで飾られてて、超ガーデンウェディングって感じ!


「山吹殿……いかがであろう……」


 あ、梨木さん!!


「これは梨木殿。見事でおりんす。ありがとうござりんした」

「それは重畳……うう、胃が……」

「梨木殿、胃薬でございまする!」


 みぞおちを抑えた梨木さんに、あたしは慌てて持ってきた胃薬を渡す。お礼だから無料ですって付け加えて。


「かたじけなし。では小職は膳の手配があるゆえ、いましばらく失礼いたす。酒とわいんはそこに。子供らには甘酒も茶も用意してある。それでは、のちほど」


 そして、梨木さんと入れ替わりに現れたのがロッコさん。


「レディ ヤマブキ! ……オオ、サクラ、ウメ!」


 大柄な外国人に突然そう言われて、びくっとする一行の中、桜と梅だけがにっこりとおじぎをした。

 ロッコさんのことちゃんと覚えてて、桜も梅もえらいぞ。


『ロッコ殿。息災でありんしたかえ』

『はい! 今日は私の友のチェスターのためにこんな素晴らしい席を設けてくれてありがとうございます! 次はあなたと私の番でしょうか?』

『戯れもほどほどになさんし。まったく、仕様のないお人でありんすなあ』


 ちょん、とつつくと、ワインを手にしてロッコさんがハハハ、と笑う。

 晴天によく響くその笑い。あたしもワインをいただこうかな……と手を伸ばしかけたとき、また、あたしを呼ぶ懐かしい声が聞こえた。鈴を振るようなそれは――。


「山吹、顔を合わせるのは久しぶりですね」


 小夜さんだ!

 隣には旦那さんの兵吾さんもいる。


「喜ばしき席に招いてくれたこと、礼を言います。ねえ、兵吾さま」

「そうですね、小夜殿。……山吹殿、その節はまことに世話になりました。我らがいまこうして健やかに暮らせるのも、山吹殿の配慮のおかげ。改めて礼を申し上げたき次第」

「これこれ、頭を上げなんし。今日の役者はチェスター殿と牡丹殿でありんすよ。わっちではありんせん」

「ふふ。山吹は本当に変わりませんね」


 すっかり元気になった小夜さんが微笑んだ。

 小夜さんは、徳之進さんの妹。いろいろあって声が出なくなって、兵吾さんとの結婚もうまくいかなくなって悩んでたんだけど、そのご縁をあたしが結んだ感じ?超ざっくり言うと。


「まあ、兵吾さま、わいん、という飲み物がございます。めずらしいこと。わらわはぜひにいただきましょう。兵吾さまもいかが?」

「では私も一献」

「山吹、今度はわらわたちの屋敷にも遊びに来て頂戴ね」

「いらしたときには精魂込めて茶を点てますよ。お待ちしています」

「兵吾さまの茶はせんよりいっそうおいしくなったのですよ。いつかのように、またご一緒しましょう」

「……小夜姫殿」

「なにかしら?」

「いま、お幸せでおりんすか?」

「当たり前よ!」


 思わずあたしの口をついた言葉。それに勢いよく答えた小夜さんが、その唇にてのひらを当てて顔を赤らめる。


「いやだわ、あなたといると、わらわは姫君ではなくなってしまいそうです。……幸せですよ、山吹。好いた方と添えることがこんなに幸せだとは、大奥にいるときは思ってもいませんでした」

「私もこの上ないほど幸せです、一度は諦めかけた小夜殿を、またこの手中に収められた日のことは、おそらく死ぬまで忘れないでしょう」


 小夜さんと兵吾さんが顔を見合わせて笑いあう。

 それは、何万回の「幸せ」より、いまの二人の気分をあらわしているように見えた。




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