第134話 華燭ノ典狂騒曲 終幕
「小夜」
そこに徳之進さんが姿を見せて、小夜さんの肩を叩いた。
「あ、
「息災か」
「はい」
笑顔のまま答える小夜さん。兵吾さんもすっと頭を下げる。
「よい、兵吾、頭を上げよ。小夜の顔色を見れば、そちがいい夫なのはわかる」
「はっ」
「であるから頭を上げよと言うのに。今日は山吹の友の婚礼の日だ。せいぜい楽しげな顔をするがいい」
そして、徳之進さんがあたしに向き直る。
「山吹、今日は良い日和だな」
「まことに。このような場を貸してくだしんして……」
「ああ、なんだ、そちまでも頭を下げるな。私はただの徳之進だ」
「では、ありがとうござりんす、徳之進殿」
「うむ」
徳之進さんが満足げに微笑んだ。
「梨木の用意したわいんはどうだ」
「良い味でおりんす」
「そうか。梨木も喜ぶ。……これは見事な仕掛だな。届けたのは松平か」
「あい」
あたしは、こんなときはやっぱりってことで、お殿さまがくれた、赤繻子地にぶっちがいの火掻き棒の模様の入った仕掛を着てたんだ。赤は縁起がいいし、なんだかんだ言っても火掻き棒はあたしのアイコンじゃん?
「ふむ……。私は葵の紋の仕掛でもあつらえるか」
え?! やめて! やめて! また大騒ぎになる! てかあり得ないから!
そんな動揺が顔に出てたのか、徳之進さんがくすっと笑う。
「冗談だ。だが仕掛は送りたい。そちに似合う帯と組でな」
「気遣いは無用でありんす」
「小判の方が良いか?」
「もっと無用」
「つれない小鳥よ。まあいい、佳き日に野暮は言わぬ。さて、そろそろ時間かな?」
「さよでおりんすなあ」
うちらの声に応えるように、木々の間に建てられた陣幕の後ろがざわついた。
よし! 新郎新婦ー!
ガーデンウェディングみたいに教会のドアを開けて新郎新婦が出てくるってわけにはいかないから、陣幕をカーテンみたいにくぐって出てくることにしたの!
タキシードを着たチェスターさんと白無垢を着た牡丹さんが腕を組んで現れる。
そしてその白無垢には……あたしが用意した白い紗が、綿帽子の代わりにベールになって組み合わされていた。
やっばい、すげいかわいい! 着物にベール全然アリ!
イギリス風オリエンタル、予行演習のときもかわいかったけど、緑の中に白がさらに
ゆっくり歩きだしたチェスターさんと牡丹さんに、左右から花びらが投げられる。
あたしたちだけじゃなく、桔梗も、椿ちゃんも、みんなめっちゃ笑顔だった。もちろんチェスターさんと牡丹さんも。
そして、足を止めたチェスターさんと牡丹さんが向かい合って――。
「ボタン、生きている間、そのあとも、私はあなたと離れることはないと誓います」
「わたしも、旦那さまと同じことを誓います」
二人はそっとキスをした。
一瞬、静まり返ったその場が、わっと湧く。
「おめでとう!」
「おめでとさんでござりんす!」
みんなのその声に二人は、鮮やかな日差しよりもまぶしい笑みで答えてくれた。
牡丹さんの手からブーケが投げられる。
それは綺麗な放物線を描いて桔梗の手の中に納まり、桔梗があたふたしてるのが見えた。
いつかは、桔梗も、あたしも――?
ふわりと甘い気持ちが胸の中に広がっていくのを、あたしは止められなかった。
<注>
陣幕:いくさや催し物でその場に陣を置く際に設置した布の幕。運動会の仮設テントの屋根がない的なものを想像して下さい
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