第128話 華燭ノ典狂騒曲 伍
内所から座敷に帰りながらあたしはたくさんのことを考える。
あ、そうだ、桜と梅にもまた御城に行けることを言わないと。それに、牡丹さんのウェディングケーキの飾りつけも考えたい、それに、牡丹さんに頼まれた着物のコーデも考えて、それに――。
そして、あたしは気づく。
あたし、いま嬉しいんだ。
不思議だな、こんな感じ。
思わず袂を口元に当て、勝手に笑ってしまう口を隠した。
江戸に来て、いろんな人の幸せを願った。
その集大成がこれって感じ。
……え? 集大成? なんでそんなこと思ったんだろう?
ふっと浮かんだのは、自分でもよくわからない言葉だった。
「疲れてるのかなー……」
まだまだあたしはナンバーワン目指して頑張るつもりなのに。
うーん、今日はおいしいお蕎麦でも取ろうかな。つるつるっとのどごしいいの手繰ったら、気分もすっきりしそうじゃん?
だからあたしは、不意に浮かんだ台詞を頭の隅に打ち消した。
もう、そろそろ決めないといけないよ。
自分でも、その意味がわからなかったから。――このときは、まだ。
※※
「たんとありんすなあ」
「花魁のご用命ですので。えりすぐりの品をあるだけお持ちいたしました」
あたしは、問屋さんに持ってきてもらった干菓子用の木型を手に取り、言う。
じっくり考えて、牡丹さんのウェディングケーキのデコレーションは、ロイヤルアイシングとシュガーペーストでめっちゃイギリス風にすることに決めたんだ。牡丹さんは見たことないからわくわくするだろうし、チェスターさんは故郷を思い出してくれるだろうしね。で、シュガーペーストの細かい成型をどうやってやろうかなーと考えてて、お茶請けの干菓子を食べてて気が付いたの! これの木型で抜いたらよくない? マジよくない?
思いついたら速攻。問屋さんに頼んで巳千歳に来てもらいました。
目の前には様々な種類の木型。目移りする……! 紅葉とか、菊とか、かわいいな。でもやっぱりこれかな。
牡丹の木型。
牡丹さんは源氏名だから、結婚を機に牡丹さんじゃなくなるけど、最後の記念にその名前の飾りの付いたケーキをみんなで食べるなんて素敵じゃん?
「これの一回り大きいのはありんすか」
「はい。ございます」
「見せなんし。……ああ、このくらいでようござんす。ではこれはいただきんしょう。ほかに、葉の型を……」
「それはこちらに。大きさもいくつか取り揃えております」
「あまり小そうない方がようおりんすな?」
「それは花魁のお好みでございますが、その牡丹の型に合わせるのならば……そうですね……ちょうどこの型がよろしいかと」
「ふむ……」
あたしは差し出された葉の型を手にしてちょっと考える。
……餅は餅屋って言うし、ここはプロの人が言うことを信用しよう。
「ではこの型と先ほどの牡丹を、おのおの三つずつくんなんし」
「ありがとうございます」
問屋さんが頭を下げる。
あたしはそれにうなずいてから、ケーキの作り方を考えていた……。
オーブンがないのはちょっとしんどいけど、鉄の型を利用すればなんとかなりそうだし、シュガーペーストだって練習すればなんとかなるはず……!
<注>
ロイヤルアイシング:粉砂糖と卵白を混ぜて作るお菓子のデコレーション用の物体。ケーキやクッキーなどに模様をつけたりするために使います
シュガーペースト:粉砂糖と水あめ、片栗粉を混ぜ、こねて粘土状にし、好きな形に成形してお菓子のデコレーションをするための物体です
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