第127話 華燭ノ典狂騒曲 肆
……あたしは、内所で正座させられている。
いや正座はいつもしてるんだけど、こんな先生に叱られてるような正座は江戸に来て初めてです。
「山吹」
お腹を壊した死神みたいな顔をしたお内儀さんがあたしを見る。
そして、いつものように煙管を吸おうとして……指の間に煙管がないことに気づいたみたいだ。きょろきょろとあたりを見回す
「あ、お内儀さん、煙管は火鉢に」
「ああそうかい、悪いねえ……って、あたしがこんなに慌ててるのはあんたのせいだよ! わかってるのかい?」
「あい……」
あたしが思わず小さくなると、お内儀さんは大きなため息をついて、今度こそ煙管を唇にくわえた。
「あたしたちが、公方さまの御城に、かい」
煙とともに吐き出された言葉。
「まったく、なにがどうしてそうなるのやら。あたしも旦那も舌を猫にかじられたようなもんだ。驚きすぎて言葉もでやしない」
「申し訳ないことでござりんす……」
こんなことになったのは、あたしが徳之進さんの伝言をお内儀さんに伝えたからだ。
『牡丹さんの婚礼を御城で行う。ついてはお内儀さんたちにも来てほしい』
おめでたいことだからあたしも軽い気持ちで言ったんだけど、お内儀さんたちにとっては全然軽くなかったみたい。
あたし、またお内儀さんをバグらせちゃった。
この時代の身分制度にも慣れたつもりだったけど、やっぱあたしの頭から時代劇の某お忍び将軍の気楽なイメージが抜けきれてないのがいけなかった。反省。
「否やなんて言えばそれこそ罰が当たるのはわかっちゃいるが、それでも、ねえ。まさかあんた、公方さまにねだりがましいことを言っちゃあいまいねえ?」
「そ、そたあこと!」
「いや、していないんならいいが。そんな恐れ多い事をされちゃあ、あたしもかなわない」
「これはあくまで徳之進殿の好意でありんす。わっちもはじめは面食らいなんしたが、ひとさまの心底よりの気持ち、受け取らぬのも無礼でありんしょうと……」
はあ、とお内儀さんがもう一度ため息をつき、煙管を火鉢にコン、と叩きつけた。
「着物やなんやは常の婚礼と同じで本当にかまわないのかい」
「あい」
「公方さまに礼の金子やお品もいらないと」
「あい。もちろんでおりんす。わっちは婚礼の準備をいたしんすが、お内儀さんたちはどんと構えていてくんなんし」
「なにをどんと構えればいいのやら……。しょうがないねえ……わかったよ。旦那と一緒に御城に登ろうじゃないか」
「ありがとうござりんす」
「あんたもいろいろやることがあるようだが、それで勤めを抜けるときは、公方さまに勘定をつけて構わないんだね?」
お。さすが、どんなときにも商売を忘れない、まあむ ふらわあ。つか、御城に行くのは恐れ多いと言うくせに、徳之進さんに支払いを持たせるのは平気ってどうよ? お内儀さんのこういうところ、ある意味、最強。
「かまいんせん。せいぜい良い婚礼にしろとの仰せでおりんす。エゲレスとこの国のやり方を混ぜた、いっとう良い婚礼にいたしんすえ」
「まあそれはあんたに任せたよ。あたしにゃあさっぱりわからない。……それじゃあ話はそれだけだ。夜見世もよーく勤めておくれ」
「わかりんした。飯炊き場や縫子を借りる、見世を婚礼の準備で引けるときは必ずお内儀さんに話しまする。それでは失礼いたしんす」
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