第129話 華燭ノ典狂騒曲 六
「わ、欠けてしまいんしたあ」
「あれ、桜姉さん。この白いのをこんとよおく詰めると綺麗に取れんすえ。……山吹どん?」
かわいらしい桜と梅の声をよそに、あたしは、シュガーペーストと格闘していた。
ケーキ作りは順調だった。そこまでは順調だったんだよ……!
あらかじめ漬けてあった和風ドライフルーツをざるにあげて、それも味見したらよく戻ってておいしかったし、梨木さんから特別に分けてもらったバターを室温に戻して、お砂糖と一緒にふわふわ白くなるくらい混ぜるのはうまくいった。そこにとき卵を分離しないように少しずつ混ぜるのもうまくいった。さらにそこに小麦粉を加えて切るみたいに混ぜるのもうまくいった……はず。
ちな、この小麦粉ダネにドライフルーツを混ぜるときは、ドライフルーツを小さめに刻んで小麦粉をまぶすのがポイント。こうすると、焼きあがったときにフルーツが下に沈んだりしないで均等に綺麗に生地の中に広がるんだ。
それを
そして半刻ほど待って……そこには想像以上に見事なフルーツケーキが鎮座してた。
金串を刺して焼き具合をチェックして、OKっぽかったので、トップの部分を平らになるようにうすーく切り取って、ついでにそこを食べてみて……美味! 思わず声が出たくらい美味! 久しぶりのバターたっぷりのリッチな味ー!
それを冷まして粗熱を取っている間に、薄く切り取った生地の残りを桜と梅にももちろんわけたし。二人とも喜んでくれたし。
そのあとはケーキを覆う大き目のシュガーペースト作り。
挽いて粉にしたお砂糖に、水飴、片栗粉を入れて、水を加えてひたすらこねる! 白い紙粘土みたいになったらできあがり! あとは麺棒で薄く延ばすだけ。
初めての作業だからちょっとドキドキしたけど、布みたいになったシュガーペーストで、ぴったりケーキを覆えたときは思わずガッツポーズしちゃった。料理番組で見た、真っ白なイギリスのウェディングケーキの土台に超近づいた感じで。
なのに……。
シュガーペーストを木型に入れて、牡丹と葉っぱに成形する作業がうまくいかないのはなんで?
あたしがやると取り出すそばから崩れてくー……。
「や、山吹どん、いかがなさんした」
「……梅は上手でおりんすなあ」
成形するのは型抜きみたいで楽しいだろうからって、三人分の型を買って、桜と梅とあたしで作業してたんだけど、手先が器用なせいか、梅、圧倒的にうまい。だから、思わずあたしの声が恨みがましくなるのを責めないでほしい。
「そたあ勿体ないお言葉……」
「まことでおりんす……。なにやらコツがあるならわっちと桜にお教えくんなんし」
あたしがそう声をかけると、梅の顔が子供らしく輝いた。
「あ、あい! この白いものを、隙間のないように型によぉく詰めなんして、こうして一度にきゅっと押しまする。それからこうして、かん、と叩きつけると……こたあ綺麗に取れまする」
梅の小さくて細い指が蝶々みたいに動く。なるほど、あんな感じで力を込めればいいのか。
あたしも試しに同じようにやってみると……。
「あ、できんした!」
思わず子供みたいな声をあげてしまった。
やっちゃったー、恥ずかしいなーと思いながら、桜と梅の顔を見たら、二人とも、共犯者を見つけたみたいに笑ってくれて。
そこからは成形もテンポよく進み、あっというまに、たくさんのお砂糖でできた牡丹と葉ができあがった。
「さ、ではこれを、この砂糖の糊でケーキにつけなんして……」
作っておいたロイヤルアイシング――粉砂糖に卵白を混ぜてとろりとさせたもの。乾くと固まるのでデコレーションにぴったり――をちょいちょいっとつけて、シュガーペーストで真っ白に覆われたケーキに砂糖でできた牡丹の花を咲かせていく。もちろん、バランスよく葉っぱもつけながら、ね。
桜と梅は予想通りはしゃいでいる。古今東西、女子はかわゆなものをデコるのが好きなのだ。間違いない。
最後の仕上げはあたしがアイシングで模様を描くとして……。
ちな、このケーキはそこそこ日持ちする。
だから、お式のちょっと前に作っちゃった。
ほんとに、楽しみだね、牡丹さんの式。
<注>
鋳物屋:金属を加工して鍋や釜を作る職業です
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