第108話 龍虎並立桔梗山吹 伍~勝負開幕~
そして、勝負の日が来た。
勝負の場は、惣名主さんの好意で仲之町の大通りに特設会場がしつらえられた。
巳千歳一軒どころか吉原全体の雰囲気がなんとなく浮き立ってるし、すっげいわらわらと人も集まってて、あたしも少し緊張気味だ。
普段のあたしは通りから見える格子の中には座ってないから、こうして表に出てきたときの姿を一目見ようという野次馬もいっぱいだし。
ちな、会場には「巳千歳抱 山吹」と大きなのぼりも立っている。
さすがお内儀さん。どんなときも商売は忘れない。
「山吹、感心だね、逃げなかったのかい」
虎吉さんが、最後の準備をしているあたしのところへひょいっと顔を出して軽口を叩く。
「あれ、この虎は口が悪い。勝てる勝負から逃げる阿呆はおりんせんえ」
「勝負が終わってもその口がきけるかねえ。まあ今のうちに好きなことを言えばいいさ。――あたしは勝つよ」
「それはわっちの台詞。わっちはうまれてこの方、勝負に負けたことはござりんせん」
「そうかい。威勢がいいねえ。それでこそあたしの勝負の相手だよ」
ははは、と気持ちよく笑って、虎吉さんは「あたしは着替えてくるよ。あんたもさっさと用意しな」とその場から去っていく。
お内儀さんが「あんたも難儀なのに見込まれたねえ」とあたしの肩を叩いた。
※※※
衣装比べの順番を決める籤は、虎吉さんが先攻を引いた。
急ごしらえの台の上に、黒い羽織を着た虎吉さんが昇る。
そして、羽織を一息に脱いで――。
……かっこいい!!
裾に白で雲の模様が染められた灰色の着物には、黒の
観衆の人たちもあたしと同じみたいだった。
人込みの中から「虎吉!」「姐さん!」と声がかかる。
「虎吉、昇り龍の舞」
三味線弾きの人がそう言って弦をはじきはじめると、虎吉さんの体が動き出す。
お殿さまと見たときよりすげい……!本当に龍が生きてるみたい……!
あたしが思わず見とれていると、背後から聞きなれた声が聞こえた。
「山吹殿、気を呑まれてはなりんせんえ」
「桔梗殿」
「鉄火の山吹の威勢がなにやら悪いように見えんしたからなあ。なあに、いつものようになさんせ。わっちもついておりまする」
「……さよでありんすな。わっちはなにを案じておったのやら。桔梗殿の手助け、けして無駄にはしやんせん」
「その意気でおりんす。吉原の主役は
「あい。正々堂々、行って参りんす」
あたしは、迎えに来たお内儀さんに促され、舞台に向かう。
そうだよ、虎吉がどんなにすごくたって負けるわけないじゃん! 桔梗もあんなに力を貸してくれたんだ。うちらの友情は無敵よ?
<注>
別珍:綿で作られたビロードに似た質感の布。つやがあって華やかです
肉入り刺繍:布などを中に入れて盛り上げ、立体感を出すように仕上げた刺繍
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