第109話 龍虎並立桔梗山吹 終~吉原の花~

 あたしが舞台に上がったときにかかった声は、虎吉のときよりも小さかった。

 八朔の白ずくめのいでたちに、帯は仕掛と色を合わせた白に南天の赤。確かに粋な着こなしだけど、虎吉の着物よりちょっと地味なのは否定できない。

 でもそんなの気にしない。ただの白ずくめと見せかけて、実は!が今回のコンセプト。

 舞台の上にまっすぐ立ったあたしは、それまで閉じていた両腕をゆっくりと広げる。

 すると、今まで隠されていた袂の内側があらわになって……虎吉のときとは違う、静かな歓声がさざなみのように広がった。


 袂の内側にあったのは、帯と同じ、南天の刺繍。ただし、実の部分には大粒の珊瑚を縫い付けてある。

 見えないところに気を配るのを粋だって考える、江戸の人のど真ん中ぶちぬくデザインだ。しかも白に真紅とか超映える!


『それでの、わっちに良い考えがありんす。わっちの簪の珊瑚珠を貸しんすゆえに、それを袂に縫い付けて南天の実に見立てなんし。これなら虎吉にも勝てんしょう』


 あのとき桔梗が耳元で囁いた台詞。それは、こうだったんだ。


 ありがとう、桔梗。

 自分で買ったお気に入りの簪をばらして、あたしの仕掛にそこについてた珊瑚を使わせてくれたの、絶対に忘れない。

 こんなに綺麗な赤の珊瑚なんか、簡単に手に入らないのに……。


                 ※※※


 がやがやとした賑わいの中、投票札の数が数えられていく。公平な勝負のために、深川から来た人と、吉原の男衆おとこしでダブルチェックでの計数だ。

 ちな、投票の仕方は、惣名主さんが売り出した木札をあたしか虎吉の箱に入れていくもの。

 あたしと虎吉さんはその横に立って勝負の行方を待ってる。

 あー……どきどきする……。

 でも虎吉さんもきっとそれは同じ。

 だからあたしは、ゆったり、ゆったり笑って。あたしたちは吉原の花なんだから。

 あ、最後の札が数え終わった。

 結果は――。


「山吹!」


 惣名主さんの声が聞こえたとき、あたしは思わず飛び上がりたくなった。

 その気持ちを抑えて、ただ一言。


「ありがとござりんす」


 それはここまであたしを支えてくれた桔梗や、お内儀さん、心配してくれた桜と梅、それに正々堂々と勝負をしてくれた虎吉さん、すべてへのお礼の言葉だった。


「はあ、悔しいねえ。あたしが負けるとは。だがまあ……あんたの衣装は見事だったよ」

「虎吉殿はわっちに塩を送ってくだしんしたからなあ」


 そう。お殿さまに頼んで、舞を見せてくれたから、あたしもここまでの衣装を用意しようって思えたんだ。


「あれ、そんなことあったかい。昔のことは忘れたよ」


 虎吉さんが軽く首をすくめる。


「ま、これで花街の虎はあんたに決まりさ。だからといって気を抜くんじゃないよ。あたしはこれからずっと精進を続けて、いつかあんたを追い抜くからね」


 現代だったら、ここで握手をするのかな。

 だけどここは江戸だから――あたしはとびきりの笑顔を浮かべてみせる。

 桔梗の次にできた大切なライバルに。


「あい。待っておりんすえ」




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