第106話 龍虎並立桔梗山吹 参~舞う虎~ 

「山吹、虎吉と衣装比べをするそうだな?」


 登楼してきたお殿さまが、そう言ってものすごくにこにこした顔であたしを見てくる。

 こう来たら、だいたい次に出てくる台詞の予想もつく。

 だからあたしももう何人かに告げた台詞で返した。


「新しい仕掛はいりませんえ」

「な、なぜ、わしの言おうとしたことがわかる?!!」

「顔に書いてありんす」

「なっ、誰がそのような無礼を。鏡じゃ、鏡を持て!」

「あいあい」


 お殿さまに手鏡を渡したら「なにも書いてはいないではないか」と不思議そうな顔でじっと見てた。


「冗談でござんすよ。ただ、わっちを贔屓にしてくだしっておりんすお殿さまなら、さよ言いなんしょうと思っただけでありんす」

「なんだ。人騒がせな。しかし山吹、虎吉も良い女だというぞ。まあ、そなたには優るまいが」

「お殿さまは虎吉殿を存じておりんすか」

「座敷に呼んだことがある。辰巳芸者といえば虎吉ということになっておるのでな。ああ、そうだ、山吹は虎吉の座敷を見たことがないのであろう? 敵も知らずに勝負はするものではない。お内儀に談判して、巳千歳に虎吉を呼んでやろう」

「それはさすがに悪うござんす。わっちはわっちらしく正々堂々と勝負いたしんすゆえに、気にささんすな」

「いや、そう言われてもな……」


 いつも勢いだけは無駄にいいお殿さまが、むにゃむにゃと口の中で言葉を遊ばせる。

 あやしい。めっちゃあやしい。


「のう、お殿さま、なにかわっちに隠し事をしてはおりんせんか」

「いや、その、な」

「あれ憎らし。わっちには言えぬことでござんしょうか」


 お殿さまの手の甲をきゅっとつねると、「やめいやめい」と困った顔をする。

 そして、言いづらそうに口を開いた。


「実は、虎吉から文が来てな。そなたは吉原から出られぬ身。ゆえに一たびも自分の芸を見せずに衣装比べをさせるのは信義にもとる、と」


 マジかよ。なんちゅー義理堅い人だよ。

 でもしょうがないなあ。そういう筋の通し方、大好きなんだよね、あたし。


「さよなことでおりんしたら、虎吉殿を座敷に呼んでようござんす」


                 ※※※


 しん、と余韻を残して三味線の音が消える。


 虎吉さんの舞はそれはそれは見事だった。

 指先まで神経の行き届いた動きは、くっきりしていて華やかって表現が似合う。

 それは確かに……鶴とかそんなのより、虎って感じ。


「虎吉の舞、お粗末さまでござんした」

「見事でありんす」

「あんたに褒められるたあ嬉しいねえ。どうだい、衣装比べじゃ、あたしはこの舞を踊る。衣装も、深川でも見たことがないほど豪奢なのをこさえるつもりでいるよ」

「敵のわっちに手の内をあかしてようござんすか」

「負けるつもりはないからね。あたしの札を全部見たあんたがどうするか、それが楽しみでならないよ」

「あれあれ、ほんにこの虎は威勢がようおりんすなあ」


 余裕な顔で笑ってみせたけど、内心あたしはちょっと焦ってた。

 虎吉さんは、芸も覚悟も本物だった。

 あたしは負けると思って勝負なんかしないけど……でも、この人は確実に強敵だ。



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