第105話 龍虎並立桔梗山吹 弐~桔梗の文屋~
「それでどうなすった」
長い煙管を片手に、桔梗がそう聞いてくる。
「どうもこうも。そのあとすぐに小太鼓先生が来なすってなあ。廓の軒先で「これは書き留めなければ!」と言いささんしてそのまま帰ってしまいなんした」
「それでわっちのところへ来なんしたと」
「あい。桔梗殿の馴染みを帰してしまったのは、まったくわっちの不手際ゆえ、これこの通り頭を下げに参りんした」
「気になさんすな。山吹殿に落ち度はのうござんす」
「そうは申しても。ほんに申し訳ないことでござりんした」
「あいあい」
目を細めた桔梗が煙管を口にくわえる。そして、ゆっくりとそれを吸ったあと、おかしそうに笑った。
そして――。
「受けるのでござんしょう?」
「なにを」
「勝負を」
桔梗の笑い交じりの声は「いつも大変ね」と言ってるみたいだった。
ほんと、大変だよ。
「わっちらが粋で羽織芸者に負けるのは業腹でござんすよ、山吹殿」
「桔梗殿の言う通り。とは申しんしても難儀なことでおりんす。まさかやっとうでやりこめるわけにもいきんせん」
廓先でやりとりを聞いてたお客さまと、また本にしちゃいそうな小太鼓先生のことを考えたら、勝負から逃げるのは悔しい。つーかイヤだ。
でも、どうやって勝敗をつけたらいいかわかんない。虎吉さんもそこまで考えてなかったし、だからって、物理で一本!ってわけにはいかないだろうし。
「お内儀さんはなんと?」
「少々考えたい、と。わっちが決めても良いと言いなんしたが……」
お内儀さんも困ってたけど、あたしだって困ってる。そんな気持ちが伝わったのか、桔梗がこん、と煙管を火鉢の縁に叩きつけ、意外なことを言ってくれた。
「ならばわっちが小太鼓先生に文を書きんしょう」
え? 諸悪の根源に?
「なに、事の起こりは先生。うまく行司を務めるようおがみんす」
あー、なるほど! 賢い! あの先生なら文系だろうからもう火掻き棒系は出てこないよね、きっと。
「これはありがとうござりんす」
「なんのなんの。山吹殿が虎ならわっちは龍でござんすよ。たまにはわっちに頼りんしな」
にこっと笑う桔梗を見て、あたしは思わず拝みたくなった。
ついでにお内儀さんに桔梗のアイデアを告げたら、「そりゃあ名案だ」って喜んでくれた。「あの先生が起こした騒動なんだから、始末もつけてもらわないとね」って。さすが桔梗じゃん。あたしのライバル!
……と思ったけれど、小太鼓先生の斜め上な発想は、あたしのはるか上を行ってました……。
勝負の種目が衣装比べなのは平和でいいよ?
なんで
当たり前だけど、そのせいで虎吉さんとあたしの勝負のことはあっという間に広がって、廓に来るお客さまはみんな知ってるような状態に……!
あたし、手痛い人選ミス。
<注>
惣名主:吉原惣名主のこと。村の名主などと同じように、吉原全体のまとめ役を務めます
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