第104話 龍虎並立桔梗山吹 壱~虎吉登場~

 それは、突然のことだった。廓先みせさきから言い争うような声が聞こえてきて……。

 おかしな奴が殴り込みに来たのなら返り討ちにしてやろう。と、思わず拳を握ったとき、聞こえてきたのは意外な音だった。


虎吉とらきち姐さんがわざわざ来てやったんだ。いいから山吹を出しな!」


 それは、あたしの名前だ。

 ……なんで? もしかして、また? また?

 あたしの目線が思わず「龍虎並立桔梗山吹りゅうこならびたつよしわらのはな」に向く。

 確かに小太鼓先生のこの草双紙が出て、新規のお客さまは増えた。ただし……「今巴鉄火黄華鬘いまともえてっかきけまん」の芝居が上演されたときと同じ、ヤバい人多めの方向で。

 草双紙の台詞を喋ってくれとか草双紙の挿絵と同じポーズをしてくれとか草双紙のストーリー通り桔梗とライバル争いしてくれとか!

 今回はストーリーが火掻き棒から離れてくれたからまだマシだけど、そのあたりにしか「マシ」を見つけられないレベルなのはマジ笑えない。げんなりだ。

 はあ、しょうがない。そう思いながらあたしはゆっくり立ち上がる。

 それでも売られたケンカは買わないとね。ケンカを返品するなんて、ヤンキーの流儀に反するじゃん?


                  ※※※


「だからね、あんたなんかと山吹は会わないよ。話があるんならあたしに言いな!」

「なんだい、女だと思って虎吉姐さんを舐めるんじゃないよ。あたしはあんたじゃなくて山吹に話があるんだ。何度言やあわかるんだい!」

「あんたこそ何度言やあわかるんだ、まったく……ああ、山吹。部屋にお帰り。大丈夫。客じゃあないよ」


 上がり口で言い争ってたお内儀さんが、あたしに振りむく。

 その相手は……羽織を着た男? でも、聞こえてきたのは確かに女の声だったんだけど。


「ふうん、あんたが山吹か。いい面構えをしてるじゃあないか。あたしは虎吉。深川の芸者だよ」


 キッとあたしを見上げたのは、羽織を着物の上に着た、あたしより少し年下かな?って感じの可愛い系の女の子だった。ちょっと特徴があるのが、素人っぽくない垢抜けた着こなしと、素足に下駄を履いてるとこ。

 と、そこまで見てわかった。

 そっか! この子、羽織芸者か!

 なら、この服装にも大雑把な口調にも納得がいく。でも、うちらとは関係ないはずの羽織芸者さんがなんで巳千歳にケンカを売りに来んの? そこは超意味わかんないんですけど。


「小太鼓先生の龍虎並立桔梗山吹を読んでね。あの先生はあたしの馴染みなんだ。けれど今じゃあ花街の虎といえば、この虎吉姐さんを差し置いて、あんたのことになってるんだよ。だがね、座敷にちょこなんと座ってりゃいい花魁なんぞに負けるようじゃ、粋で鳴らした辰巳芸者の名折れってもんだ。だからあたしは「虎」の名前を賭けてあんたに勝負を仕掛けに来た!」


 え、え、ええー……意味わかんないし……。

 あたしはげんなりを通り越してぐんにゃりしそうだった。

 だってそうじゃん。いくら売られたケンカは返品しないヤンキーでも、こんな貰い事故みたいな宣戦布告までウェルカムするわけないし。

 小太鼓先生……マジで恨むから……。





<注>

羽織芸者:深川の芸者の別名。深川の芸者は男物の羽織を着ているのが特徴でした。また、花魁と同じく、素足に下駄を履いていました。粋でいなせが売りでした

辰巳芸者:深川が辰巳の方向にあったため、深川の芸者を辰巳芸者とも呼びました

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