第101話 八十恋絵巻 終

 土屋さまの送って来た包みは、あたしの両てのひらを広げたのより大きかった。これはお手紙だけって感じじゃないな、中身なんだろ……と、あたしはそれの封を開ける。


「え?」


 包みから出てきたのは、青々とした松の木の小枝と、そこに神社の境内にくくりつけられてるおみくじみたいに結ばれた、山吹色の紙だった。

 えーと、これはどういう意味ですか?

 とりま、山吹色の紙をほどいて中を見てみたけど、そこにもなにも書いてない。

 ひとりになった座敷で、あたしは不思議な贈り物の意味を考える。えー……これ、もうあたしと口もききたくないってことかな……。

 ううん、土屋さまの性格なら、お別れのときはきちんと言ってくれるはず。きっと、お互いに歌を詠み合ってるときみたいに、なにか意味があるに違いない。そんなことを思いながら、しばらく、なんの仕掛けもない松の枝を日に透かしてみたりして__あ、そうか!


『松』=『待つ』!


 あたしが「待って」と頼んだから、「待つ」って、きっとそうだ。なら、この山吹色の紙は、山吹の名を持つあたしのこと……。


『山吹を待つ』


 ……ヤバい、こんなん雅だ! エモい通り越して尊みが過ぎる!

 それに、言葉にせずに伝えて下さった気持ちを考えると、胸がきゅうっとなって、あたしは思わず松の枝にキスをした。

 ありがとう、土屋さま。いつもあたしの気持ちをいちばんに考えてくれて、本当にありがとう。

 無言のあなたの思いやり、きっちり受け取りました。

 推しとの暮らしと吉原ナンバーワンになる夢、どちらをとるかなんて、すぐに答えは出せないけど……でも、待ってくださっている間に必ず決めるから。

 土屋さまのこの優しい気持ち、絶対無駄になんかしないから……。

 となればお返事、だね。あたしだってこんなにどきどきしたんだから、土屋さまだってきっと返事が来ないと落ち着かないはず。うん、たぶん、きっと、だといいな。

 あたしは、香を焚きしめた紙に、土屋さまのおいえの家紋の九曜を花に見立てて描く。そしてそこに寄り添うように、山吹の花の絵を描いて、そのうえをそっと指でなぞった。

 伝わりますように。まだなにも決められないとしても、あたしの気持ちはあなたのそばにあるということ、伝わりますように。


 その手紙を文使いに渡してから数日後、土屋さまからお返事が届いた。


 いつものように、土屋さまの使っているお香のいい香りがする紙には「有難き次第」とただ一行。

 でも、そのぶっきらぼうにも見えるような答えが、あたしには無性に嬉しかった。





<注>

九曜紋:土屋氏、細川氏などの家紋。大きな丸を中心にして、それを取り巻くように小さな丸が周囲に配置された紋。ぱっと見た感じ、お花のように見えます





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