第83話 小夜鳴鳥は囀らない 弐

 そうしてあたしは髪を椎茸に結い直し、仕掛を脱いで、小夜さんの住む大奥へと上がった。

 そんな簡単に行くもんなの?!って思ってたけど、話は超スムーズに進んで、八百屋の娘が将軍御生母になれちゃうこの国の、いい意味でのゆるさを痛感した。

 てゆーかおかしいだろこの国。足が綺麗だったからって将軍に惚れこまれて、側室になれるシンデレラストーリーとかほかの国じゃありえないっしょ。


 そんな感じでお目見えした小夜さんは、あの日に物陰から見た通り、息を呑むほど綺麗な人だった。……だったけど……けど、そのせいで、徳之進さんが心配していた明るい茶髪が目を引いた。綺麗な分だけなんかこう……現代の女の子が時代劇のお姫様のコスプレしてるみたいな感じなんだよね。黒髪だらけの中にいると違和感パない。


『小夜は生まれつき南蛮人のような髪色をしていてな……。あれほど顔かたちが美しいというのに……』


 あの日の徳之進さんの悲しそうな声が蘇ってくる。

 徳之進さんの言う、「歌を忘れた」というのは比喩じゃなかった。その名にちなんで小夜鳴鳥と徳之進さんが呼ぶくらい綺麗な声をしていて、歌を歌うのが好きだった小夜さん。それが突然、かすれた小さな声しか出せなくなって……。

 本当はどうだかわからないけど、徳之進さんはその髪色のせいで小夜さんが結婚相手の家に歓迎されてないことを気に病んで、声が出なくなっちゃったんだと思ってる。


『南蛮人とも対等に話せるそちならば、小夜にその南蛮人のごとき色も誇りだと思わせることができるだろう。小夜はいい娘だ。だが、このまま声が出ずばいつまでも縁付けぬ。今の世ではめずらしく、好いた男のもとに行けるというのに……』


 あのマイペースで明るい徳之進さんが、最後は悔しそうに唇を噛んでいた。どんなに自分に力があっても、妹一人幸せにできなければ意味がないと言っていた。

 それで、その気持ちがわかるから、あたしはここに来たんだ。


「山吹……詳しいことは兄様から聞きました……よろしく頼みます……」


 徳之進さんが言ってた通り、かすれた細い声でそう言って、小夜さんはあたしに微笑みかける。


 ……好いた男のもとに行ける、かあ。政略結婚がほとんどのこの時代には、すごく幸せなことなんだろうなー。でも、今の小夜さんのままじゃその幸せを逃がしちゃいそうなわけで……。


「山吹……?」

「あ、申し訳ないことでござりんした。わっちこそ世話になりまする」

「まあ……めずらしい言葉……」

「これは失礼いたしんした。改めんす」

「いいえ、そのままで……。奥の外の言葉を聞くと、塞ぐ気持ちが少しは晴れます……。兄さまから聞いて知っているでしょうが、わらわは嫁ぐ身……されどこの身ではあの方のもとにも行けず……」


 すっと小夜さんが袂で顔を隠した。


「このままではいけないとわかってはいるのです……。されど、この声ばかりはどうにもならず……南蛮人のような娘には人並みの幸せなどもったいないということかしら……」






<注>

髪を椎茸に結い直し:椎茸=葵髱たぼのことです。結った髪の形(たぼの部分)が後ろから見るとキノコの傘に似ているということで、「椎茸」と呼ばれるようになりました。奥女中がよくする髪型です。山吹は職業柄、伊達兵庫に髪を結っているため、大奥に上がる際に髪を奥女中タイプに結い直しました。

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