第80話 山吹江戸城華いくさ 終~山吹天下御免~

 一瞬、呆気にとられた顔をした徳之進さんが、くるりと表情を変えて大声で笑う。


「ははは! 私がふられるとは! まさか、これも、そちの手練手管の一つではあるまいな?」

「ありんせん」


 あたしがためらわずそう言ったとき、視界の端で、梨木さんが変な姿勢で崩れ落ちるのが見えた。

 うわー……アクロバット胃押さえ……。桜と梅に背中をさすられてるよ……。


「そうか。恋路に理由わけを聞くのも野暮というもの。名残惜しいが仕方なし、であるな」

「お心得いただきありがとござりんす」

「良い、良い。たまにはかようなことも一興だ。なにもかもが思い通りになるというのもつまらぬものだ」


 笑いすぎて涙が出たらしい徳之進さんが目じりをこすりながらそう言う。

 ヤバい、この神対応、すげいいい男じゃん。将軍家は歴女的推し射程になかったけど、今からでも推しになっちゃいそう……! やっぱ征夷大将軍、すげい……!


「なるほどな……鳥であるか……。ならば、私の家にたまさか羽を休めに来ることもあろうて」


 アクロバット胃押さえをしたままの梨木さんを、徳之進さんが手招きで呼ぶ。そして、近づいた梨木さんへとなにか耳打ちをした

 がくがくと壊れた人形みたいにうなずいてた梨木さんが、徳之進さんが食べ終えたお膳を持って、さささ、と部屋から出ていく。

 ……ん? どこ行くの? あたしたち、帰らんの?


「そしてそのような気まぐれな鳥には、いつでも帰れる籠があるのは必定ひつじょうであろうな。

 さて山吹、梨木が戻るまで、私とかるたをしないか? かるたは良い。歌詠みを知るかも、文字を知るかも、さまざまなことを教えてくれる」


 はあ……。よくわかんないけど、この人ほんとにかるた好きなんだな……。

 まあ、かるたがいろんなレベルを計れるのに同意はするし……梨木さんが来ないとうちらも帰れないし……お付き合いしましょうか。徳之進(仮)さんでもあたしは容赦はしませんから!


                 ※※※


 戻ってきた梨木さんは死ぬほどきょとんとした顔で、札の取り合いをしていたあたしと徳之進さんを見た。

 そしてあたしもきょとんとした顔で梨木さんを見た。

 お膳をもって出て行った梨木さん。それがどうしてまたお膳を持って戻ってきたの?!


「ご苦労、梨木。ああ、筆も紙も揃っておるな」


 徳之進さんだけが、わかってるって顔をしてお膳?に目をやる。

 そして、お膳みたいなものから紙と筆を取り出した徳之進さんは、その手の紙の中へさらさらと字を書いていく。

 ちな、その間に梨木さんの顔は、カウントダウンしたいくらい真っ青になっていった。1.2.3ブルー!


「よし。山吹という名の自由な鳥へ、これも一つの行き場所よ。……『江戸城御免状』、これをそちに授けよう」


 え。

 え、え、えー!!!

 マジ?!!!!!

 江戸城無限年パス、そんな気軽に渡しちゃっていいの?!


 ……よくないから梨木さんが青くなっちゃったのか……。





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