第79話 山吹江戸城華いくさ 拾~吉原、大奥、絢爛花~

「ところで山吹」

「なんでござんしょう」

「このように回りくどくそちを試したのにも理由があってな」


 徳之進さんがあたしの顔を覗き込むようにする。


「どうだ、山吹、大奥に来ないか」」


 ……え?


 すみませんごめんなさいちょっと言ってる意味がわかりません。

 いや日本語だからわからなくはないんだけど、理解するのを脳が拒否してる感じ。

 なんで? なんで急にそんな話に? マジ意味わかんない。


「安心せよ。しかるべき家の養女として奥に入れる。禿たちもともに来れるよう取りはかろう」


 いやそういう問題じゃないし。


「子のない身でも御部屋として扱おう。ありていにいって私はそちが欲しいのだ。いまの幕府には足りぬ部分を補えるそちがな」


 ……えーと……もしかして、もしかしてだけど! 信じられないけど! いま、あたし、将軍さまにプロポーズされてる?! 嘘でしょー!!!


 徳之進さんはあたしのドキドキになんかかまわずに話を続けてく。


「美しい女は多い。身分のある女も多い。ただ、美しく、妹筋を命がけで庇う情もあり、南蛮の知識深く、南蛮人とも対等に渉りあえる女は……いや、男も、幕府にはおるまい」


 松平より、刀も持たずに手練れを倒す女傑だとも聞いておるしな、と徳之進さんが軽く笑った。


「南蛮人の数も増え、時代も変わりゆく。そのときにそちのような女がかたわらにはべっていれば、私も心強いことこの上ない。どうだ? 悪い話ではないであろう? 私の話し相手だけではない。奥の女たちに武芸を教えるのも良し、南蛮人と今日のように話すも良し。そちならばできることが、奥にはあまたある」


 なるほど……そういうことか。徳之進さんは外交のできる女主人、明治時代に鹿鳴館にいたような女の人が欲しいんだね。でも___。


「お断りいたしんす」

「ほう、なぜだ。これ以上の出世話はなかろうよ」


 徳之進さんが首をかしげた。確かにそうかもしれない。男子も産んでないのに御部屋さまにするなんて、いい意味でマトモな待遇じゃない。きっとあたしのことも大事にしてくれるだろう。

 でも、あたしの欲しいものはそれじゃないんだ。それだけは、はっきり言える。

 あたしは吉原の中で自由に生きたい。江戸城からも出られない窮屈な奥勤めより、お客様をもてなして、たくさん笑顔をもらって……。

 それに、土屋さま。あなたのこと、忘れたことは一度だってないから。土屋さまに会えなくなるなんて……嫌だよ。


 あたしはそんなたくさんの言葉を心の底に沈める。

 たぶん、こんなあたしの気持ちは徳之進さんにはわからないだろう。だから、鉄火山吹らしく、あたしはにっこりと笑ってこう答えよう。


「なあに、籠の鳥にも籠を選ぶ自由はありんすえ」




<注>

しかるべき家の養女として奥に入れる:八百屋の娘が武家の養女となり将軍に見初められ側室となり、将軍の子を産み、将軍の母になった女性がいた時代でした。将軍正室にはある程度の血筋の持ち主が求められましたが、側室はそうではありませんでした。

御部屋・御部屋さま:将軍側室のうち、男子を産んだ女性のこと。このように呼ばれ、ほかの側室たちとは一線を画した好待遇を受けます。




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