第78話 山吹江戸城華いくさ 九~和風イタリアンはいかがです?~

「まずは主菜のコトレッタでありんす。薄く切った山吹焼の肉に砕いた麩で衣をつけ、オラフの油で焼きんした。衣には江戸風に生姜を混ぜて香りづけしておりんす。こちらのたまり醤油をちょいとつけてお食べなんし。衣の香ばしさと相まって、米の飯によう合いまする」


 パン粉の代わりの衣は戻してないお麩、生肉の代わりに、江戸の人でも抵抗がないよう、しっかり臭み消しをされた山吹焼を中身に使ったイタリア風カツレツ、コトレッタ。

 山吹焼はゆーてロースト系でお肉に火は入ってるから、普通のイタリア風カツレツと違って、強火で表面をさっとカリっと焼くだけにして。

 とろりと濃厚な味わいのたまり醤油がソース代わりによく合うんだよねー、これが。

 あたしの説明を聞いた徳之進さんが、切り分けられたコトレッタにたまり醤油をつけてを口に運ぶ。むぐむぐっと口を動かして……さらにむぐっと白いご飯を口に入れてにっこり笑った。


 お。これ、合格いただけました?!


「うまい。そちの言う通り、米の飯によく合う。この衣が天ぷらとはまた違った味わいで良いな。ざくざくとして快い」

「ようござりんした。コトレッタを食べて口が油になりんしたら、こちらの椀を」

「うむ」


 あたしの案内に合わせて徳之進さんがお椀の蓋を取る。……そして、むむっと眉間にしわを寄せた。


「これはまるで血のような……」

「唐なすびの汁椀でおりんす。血ではありんせん。とにかく、まずは一口、召しなんせ」


 ふうっと重めの息をついたあと、徳之進さんが湯気の立つお椀を口元に運ぶ。

 そして、ためらいがちに口を付けた。


「……!」


 ぱちんと見開かれた徳之進さんの目。この人、意外と表情豊かだ。もう、可愛いかよ!


如何いかでござんしょう」

「驚くべきことだが、まずくはない。いや……」


 そこまで言葉にしたあと、つつっと汁椀の中身をまた啜って、徳之進さんが深くうなずいた。


「うまい。酸味のある汁と滋味ある出汁がうまく組み合わさっている」

「これはへちりあ人の好む汁椀を昆布出汁で仕立てたものでおりんす。酸い味が油っ気を洗い流してよござんしょう」

「そちの言う通り、爽やかな味だ。色はきついが味は吸い物のように穏やか。これも米の飯の邪魔をしない、いいものだな」


 よし!また合格いただきました!!


 今後のロッコさんメニューのために作り置きしといた牛すね肉と牛骨のスープ。そこに昆布出汁を合わせれば、イノシン酸とグルタミン酸の二つの旨味で日本人的味覚だと最強になる!

 でもそれだけじゃつまらないから、オリーブ油で炒めたたまねぎとトマトをそこに加えて、さらにこく旨イタリアンに!


「最後はこちら、箸休め。野菜をへちりあ風に和え物にいたしんした」


 きゅうりとにんじんを塩もみにして、オリーブ油とゆず果汁であえた、ちょっとした和風マリネだ。

 それにも箸を伸ばした徳之進さんは、さくさくと野菜を噛んで飲み下し、お行儀よく箸を置いた。


「新奇な料理ばかりながら、きちりと米の飯にも合う、良い膳であった。さて、残りは一つ___」


 思わせぶりな言葉に、え?もう料理はないよ?と、思わずきょとんとしたら、徳之進さんがいきなり抜身の脇差をあたしに突き付けた!

 は?

 面食らったのも束の間。咄嗟にあたしはばさりと仕掛の袂をひるがえし、刀身を包むようにする。そして、桜と梅を背中に庇い「るならりなんせ!されどこの子らに手は出しんすな!」と叫んでいた。


「ふむ。最後の一つも合格だ。このようなときに妹筋を迷わず庇うそちならば、言葉にも嘘はなかろうよ。___そう怖い顔をしないでくれ。私は人を簡単に信じるわけにはいかんのでな」


 はは、と笑う徳之進さんを思わず思いっきりにらみつけてから、あたしはため息をつく。

 わかるけどさ。徳之進さんの立場が難しいのもさ。

 でもこんな試し方ってなくない?こんなん、気持ちがおさまんないよ。


「仕様のない方でありんすな。ならば……わっちも一言すまぬと欲しゅうござんす」

「……すまぬ。桜、梅、二人にも、すまぬ」


 でも素直に頭を下げてくれたし、この人は徳之進さんだけど(仮)だし、しょーがない。ちゃんとごめんしてくれたんだからいいと思おう、よし!


 ちなみに、その光景を見てた梨木さんは、胃の当たりに手を当てたまま固まってました。

 ある意味ブレないな、梨木さん……。




<注>

唐なすび:トマトのことです

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