第67話 山吹江戸城華いくさ 序


 あたしは、鮮やかな黄色の仕掛を羽織り、座敷の姿見の前に立つ。

 

 背中には白く染め抜いた山吹紋とその下に縦に並ぶ鬼哭常勝、不退天の二行___あたしの特服に刻んであった言葉___。思わず背筋が伸びる。豪華な仕掛は花魁の戦闘服だけど……これはさらに特別だ。江戸城に花魁が昇るなんてどんな歴史の本にも書いてない。あたしはその最初の一人になる。

 だったら、サイコーの衣装でカチコミかけないとね。

 胸元にはチーム名の代わりに巳千歳の廓名と親父ごてさんが送別だと送ってくれた万人一人___あたしは一人じゃない___の文字。それに袈裟懸けにした大きな数珠の柄___忠勝様の数珠___。

 

 ヤバい、なんかもう負ける気がしないんだけど。


唐様からようの文字を入れた着物など初めて見んした」

「あれ、三代目と言われぬようせいぜい努めささんすよ」

「山吹どんが三代目なぞ……のう、桜姉さん」

「あい。わっちらにまでこたあ上等な仕掛をおあつらえくだしんして、礼の言葉もありんせん」


 嬉しそうに笑う桜が身にまとっているのは肩から桃色の花びらが降り、裾にかけてそれが降り積もったような染めの総絞り。その右の袂には桜華絢爛おうかけんらんれい書の揮毫きごう。桜の台詞に微笑んでうなずく梅は同じ図案で紅の総絞り。左の袂には桜と同じように梅香馥郁ばいかふくいくの文字が踊っている。

 二人がいつものようにあたしの両隣にくると、ちょうど対のように袂の文字が目に映るはず。

 ……うん、ぎゃんかわ。

 外国人が好きなものの定番、漢字と着物とゲイシャガール全部乗せで魔改造。せっかく花魁と禿かむろが向かうんだもん、料理以外も楽しませなくちゃねー。

 嬉しそうに互いの髪を直している二人を見ながら、あたしは昨日の晩のことを思い出していた……。



                   ※※※





「誰だえ」


 かた、と襖の向こうから音が聞こえて、窓辺から月を見上げていたあたしは振り返る。

 明日は江戸城に上る日だ。だからさすがに今夜はお客様はいない。てかもう心臓ばくばくで眠れないし。


「わっちらでおりんす……」

「ああ、桜と梅かえ、お入りなんし」

「されど……」

「眠れぬのでおりんしょう。わっちも同じゆえに気遣い無用でありんす。くとお入りな」

「ありがとござりんす。では……」


 すすす、と静かに二人が座敷に入ってきた。


「お上にあがるなぞ、考えんしたこともなかったゆえ……」

「ご無礼があっちゃあなりんせんと思いささんせば心細く……」

「なあに、それはわっちもでおりんすえ。まさか公方様に会うわけでもなさしんす」

「い、え、その、わっちらは……」


 桜と梅が顔を見合わせて互いの袂をちょんちょんと引く。


 ん?


 なんかリアクションが微妙なんですけど?


 二人はさらにしばらく見つめあって、それから困ったような顔であたしへと視線を向けた。


「その……異人が……」


 桜がおずおずと口にする。

 そしてその後を継ぐように梅も。


「わっちら、異人が恐ろしゅうござんす……」


 あー、そっちか!


 異人は鬼とか人を食うとか言われてた時代だもんなー。

 ごめん!気が付かなくて!


「桜、梅、異人も同じ人。何も恐ろしゅうはありんせん。わっちは二人にも吉原の外を見せとうござんす」


 オリエンタルなおもてなしをしたいのももちろんあるけど、あたしは、産まれたときから吉原にいる桜と梅にも、外の世界も見せてあげたいんだ。


「されど……」

「ならば聞きなんし」


 まだ困ったままの二人の耳元に、あたしはある言葉をささやく。

 ぱっと二人の顔が明るくなった。


 うん、よし、大丈夫。明日はきっと二人の大輪の花も咲く。


    


              ※※※




 手荷物の最後の点検をしていると、階下からやりてのぶっきらぼうな声が聞こえた。


「山吹、迎えだよ」

「いま行きんす。……さあ、それではご出立と参りんしょう」


「「あい!」」








<注>

・鬼哭常勝、不退天:本来は鬼哭啾啾、不退転。よく暴走族な方が背中に熟語を入れていますがあれのイメージです。鬼哭常勝は鬼も哭かせて常に勝つ、不退天は最後の1文字を天にすることで退かぬ神というような感じをイメージしています。

・忠勝様の数珠:山吹の推し、本多忠勝は戦いの際、鎧に大きな数珠を袈裟懸けしていたことから。山吹は本田家の当主よりこの柄を許されています(山吹御前試合の巻参照)

・三代目と言われぬようせいぜい努めささんすよ:「売り家と唐様で書く三代目」から。唐様は隷書など当時は趣味とされ実務ではあまり使われなかった文字のことです。せっかく初代が商売を起こし、二代目が手を広げても、三代目は趣味の教養に夢中で家屋敷をなくしてしまう様を皮肉っています。ただ「三代目」というだけでもその場の状況しだいではこの皮肉が通じます。

公方様:将軍のことです。

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