ナンバーワンキャバ嬢、江戸時代の花魁と体が入れ替わったので、江戸でもナンバーワンを目指してみる~歴女で元ヤンは無敵です~【書籍化:江戸の花魁と入れ替わったので、花街の頂点を目指してみる1~3巻】
第66話 へちりあ人はへちりあ料理をご所望です 四~膳の終わり~
第66話 へちりあ人はへちりあ料理をご所望です 四~膳の終わり~
とりあえず、ここまででできる料理がずらっと膳に並んだイタリアンを前に、あたしはにんまりとする。
そう、試食です。
いや別に、江戸でイタリアン、しかもシチリア料理が食べられるからこの仕事を引き受けたわけじゃないよ?
あたしを信頼して任せてくれたお殿様や梨木さんの必死な顔のためだよ?
……すみません、いま自分に嘘をつきました。
うん!食べたかった!です!
トマトの赤が鮮やかなカポナータが添えられた新鮮な鮪の炙り。手開きして骨を丁寧に取った鰯をウイキョウとサフランをきかせてさっと炒めてソースにしたパスタ、メインは胡椒とオラフの油___オリーブオイル___で食べるシンプルな山吹焼。本番はこれを牛肉で。
はー!久しぶりのイタリアンだー!
しかもマジパない妥協点なしイタリアン!
パスタはもちろん手作り。断面が丸いパスタなんてどうやって作ろうかと悩んだけど……手打ちだと平麺になっちゃうし……でも鰯とウイキョウのパスタの基本はちゃんと押さえたいし……と考えて悩んで、式部さんのくれた簪をしゃらしゃら鳴らしてたりしたら、LINEスタンプピコーン!
こんな丸い銀の粒が作れるんなら、金板に丸く穴をあけたのを金網のかわりにてん突き器にセットして、簡易パスタマシンにできなくね?
試してみたら江戸の技術力すごかった。
普通にパスタだった……いやパスタマシン目指したから当たり前なんだけど。
でももうそんなことどうでもいい。……早く、食べたい。
「さて、お毒見と参りんしょう。お三方、お座りなんし」
※※※
「見事だ」
「料理の名前と作り方を書き付けささんしたのも後程渡しんす。梨木殿は折々お味見しんしたゆえにもうこの赤も恐ろしくはのうござんすな?」
「うむ」
「これこの通り膳部のお奉行様の許しがでなんした。桜も梅も安心してお食べなんせ」
「あ、あい……」
「とは申しんしても奇態なものを見ささんせば箸も進まぬことは承知でおりんす。まずはわっちが」
あたしは塗り箸でカポナータを口に運ぶ。あ、食器類の手配も梨木さんにお願いしな……わ!!おいしいー!!
久しぶりのイタリアンはそこまでのあたしの思考を全て吹っ飛ばす味だった。
……トマトの旨味……じっくり炒めたこうばしいガーリックとたまねぎの香り……オリーブオイルをたっぷり吸った茄子はじゅわわっとして……伏見甘長唐辛子はしっかりピーマン……ヤバいこれマジヤバい……うっとりするほどイタリアンだ……。
「い、いかでおりんすか」
もう食べられないと思ってた本格的な現代の味にトリップしてるあたしに、桜が身を乗り出してくる。
それにあたしはうっとり微笑んでうなずいた。
マジでおいしいもの前に言葉はいらない!!
梨木さん、さすが膳奉行だけあって料理の腕はすごいわー。
横からレシピを教えただけなのに銀座の味……!!
「極楽でござんす……。これを鮪に乗せて
そのあたしを見て無言でカポナータを口に運んだ梅が驚いたように目を見開く。
「わ、おいし。このお味、なんでござんしょう」
「唐なすびの味でありんす」
「ああた赤いものがこたあ味に……シビも……」
つられて箸を付けた桜も、カポナータを乗せた鮪を口に運んで顔をほころばせた。
「オラフの油と唐なすびは出会いものでおりんすよ。この香り……たまりんせんえ……」
「オラフの油が膳に使えるとは……これこそ薬食いというものか」
「へちりあ人はこれと唐なすびをことのほか好んでおりんす。どちらも体にもようござんすから、梨木殿の言う通りまさに薬食いでござんしょう。さて、このパスタを。うで具合はアルデンテ、でおりんすえ」
「これには苦労いたした」
「芯に毛一筋の固さを残すのは難儀でおりんしたなあ」
「されどその苦労に見合う味。蕎麦でもなく、うどんでもなく、これは不思議な歯ごたえだ……されど、うまい」
パスタを箸でつかみあげ、うどんのようにもむもむと食べながら梨木さんが、うん、うん、とうなずく。
「鰯は下魚と聞いておりんしたが、この不思議な野菜とともに食みんすと、上等な味になりんすなあ」
あまり青魚が好きでない桜もぱくぱくとおちょぼ口で、でも次々に鰯とパスタを口に入れていく。
「うぅむ……薬のはずの
「山吹焼もこのたれにつけささんすとまた格別」
梅はどうやらオリーブオイルと胡椒の組み合わせが気に入ったみたいだ。
イタリアンの鉄板だもんね。
「あとは先ほど味を試しんした花梨酒に煮切り酢ですゆい風味を加えささんしたものを、上様のお蔵の氷をかいたのにかけて出しんす」
「あぺるちぼ、であるな」
「あい。膳の前にこれを出しんすればせいせいとしてまた食が進みんす」
「山吹殿、心より感謝つかまつる。小職にはとても心及ばぬ料理ばかり……」
しみじみと頭を下げてくれる梨木さんには気の毒だけど……。
「あ、もひとつありんした」
あたしがそう言うと、梨木さんは頭を上げかけた姿勢で固まる。
「……えっ」
しゃっくりみたいな声だった。
「仔牛の四番目の胃をよう洗って、中に牛の乳を入れ……」
「…………えっ」
今度は瀕死のキリンみたいな。
いや、瀕死のキリンの声なんか聞いたことないけど、イメージ的に。
「これは膳を出す三日前に、梨木殿にお願い申し上げんす」
「聞いておらぬ」
「言ぅてはおりんせんからなあ」
「山吹殿!!あ……胃が」
立ち上がりかけた梨木さんが、胃を押さえてその場に崩れ落ちた。
ごめん。ほんとごめん。これが一発勝負になる料理。まー現代の言葉でいうとチーズです。
やっぱ最初に話した方がよかったかなー……でもこうなりそうだから黙ってたんだよなー。もうれ、味見どころじゃないじゃん、梨木さん。
「こればかりはわっちにも試すことはできんせん。よろしゅうお頼みしますえ、梨木殿」
<注>
シビ:江戸時代に使われた鮪の別名です。現代でも廻らないお寿司屋さんなどでは通じます。江戸時代は鮪は格の高い魚ではありませんでした。
オラフの油(オリーブ油)・
あぺるちぼ:アペルティヴォ、食前酒のことです。
牛の四番目の胃:ここに含まれるレンネットという酵素が牛乳を発酵させチーズとします。古代は牛の胃に牛乳を入れることでチーズ作りが始まりました。現代では工場で大量生産できるため、牛を殺さなくてもチーズが作れます。
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