第55話 吉原食べ歩き?四~山吹血風録 めでたしの巻

 浪人たちが刀を構える。


 なんだよ、梶井さんに比べたら天と地じゃないか。殺気も何もかも見えない!


「相手は女で素手だ!さっさとやっちまえ!」

「素手だとわっちがいつ言いんした!」


 あたしは下駄の鼻緒に指を通し、ちょうどボクシングのパンチングミットのように構える。


 クソ重い下駄がこんなときに役に立つなんてね!


 振りかざされた刀を片手の下駄で受け止めて、もう片方の下駄を思い切り顔に叩きつける。


 鮮血が宙に飛んだ。

 それと同時に男がどうっと地面に倒れ込む。


 かまうもんか。お家のためでもない、プライドのためでもない、ただの欲だけ、そんな奴には容赦しないよ!


「てめえ、この……っ!」


 もう一人の浪人も刀を振りかぶって来るけど、その刃先は震えてた。


「怖うござんすか。されど梅はもっと怖い思いをいたしんした!」


 刃先を下駄の歯の間にわざと突き刺させて、あたしは男との距離を詰める。


「わっちは鉄火山吹、今巴。わっちにいくさをしかけたこと、死ぬまで後悔しなんし!」


 空いてる方の手の下駄を捨て、素手で男の腹に思い切りパンチを入れる。何発も。

 得物なんか使ったらあたしの気が済まなかった。

 ゆらりと揺れた体には足払いを食らわせて、そのまま男を地面へと引き倒す。


 そして、その手から刀を奪い、無様に倒れた二人の首を両断するようにその上に置いた。


「殺してやりたい……されど同じ獣になるのは無様……御白州おしらすで裁きを受けなんせ」






                 ※※※





「というわけでござりんした。ああ、一働きしたあとの最中の月は格別でありんすなあ」


 約束通り、山口巴屋の上席を取って、あたしたちはスイーツ女子会の続きをしていた。


「一働き……あれが一働き……尋常じゃあありんせん」

「本物のお武家様に比べればああたもの、塵芥ちりあくたでござんすよ。のう、桔梗殿、ありがとうござりんした」

「わっちは会所から人を呼んだだけのことでおりんす」

「腰の立たぬ梅をかかえて行ってくだしんしたとか。さすがのわっちも人質を取られては動けはしやんせん。助かりんした」

「……山吹殿には、まあ、世話になりんしたかと問われれば、多少は世話になっておりんすからなあ……あとあと貸し借りなしにするためでささんす」

「これは桔梗殿らしい。

 ……梅も桜もあの場でよう泣かんとこらえんした。こたびはわっちのせいでこたあことに巻き込みんしこと、詫びのしようもありんせん」

「詫びなど」

「そんなそんな……山吹どんがおらんせんばわっちらどうなっていたことやら……」

「椿にも気苦労かけんした。さ、ここはわっちが礼代わりに馳走いたしんす。山口巴屋は饅頭もおいしとか。それに固くならぬうちに竹村伊勢の焼き団子を……」

「あ、それはわっちの分でござんす」

「桔梗殿、心配ささんせんでも人頭分にんとうぶんありんすよ。さ、桜、梅、食べなんし。椿も。狼藉者のことはもう忘れんしな。お座敷で話すことが増えんしたと思いなんしえ」


 それからあたしは黙ってしまった梅を膝に乗せる。


「もう何も怖いことはありんせん。地獄の獄卒が来てもわっちが守りんすからなあ……」


 ふえ、と梅がはじめて泣き声を上げた。


「山吹どん、申し訳ござりんせん……わっち、まことは怖うて……!」

「気にすることはありんせん。あれで怖がらぬ女子おなごの方がおかしゅうおりんすよ、のう、桜」


 梅の肩をぽんぽんと叩いて桜を見やると、桜も「あい」と勢いよくうなずく。


「吉原広しと言えど、ああたことができるのは山吹どんだけでおりんす!」


 ……それは褒めてるの?

 うーん……微妙だー……。まあ褒めてくれてると思おう。でないとなんか妙に悲しくなりそう。

 仕方ないよね。だってああいう場に出会うと元ヤン魂が燃えちゃうんだもん。


「さ、梅、茶を飲んで饅頭を……あ、桔梗殿、それはわっちの焼き団子!」

「目ざとい方でおりんすなあ」

「人頭分あると言いんしたでござんしょう!足りねばすぐにわかりんす!」

「ああ、なんとも食い意地の張ったお職でささんすこと」

「それはわっちの台詞でござんす!」


 ふっと梅が笑った。桜も、椿ちゃんも。


 明るい空の下。ちょっとしたアクシデントはあったけど、吉原食べ歩き女子会は楽しく幕を閉じた。


 またこんな風にみんなで遊びたいなーなんて思いながら。






<注>

御白州おしらす:現代の裁判所のようなもの。白い石が敷き詰められていたので御白州です。

おいし:おいしいの古語

お職:その店のナンバーワン

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