第54話 吉原食べ歩き?参~山吹血風録
目の前にいたのは食い詰め浪人風の二人。
そのうち一人が梅を腕にかかえていた。
梅は抵抗する気力もないのか、泣きそうな顔であたしを見てるだけ。
「おう」
「おまえら巳千歳の山吹と桔梗だろ?」
「だからなんだえ。さっさとその手を離しんしな」
「おまえら、たかが女郎の癖に揚げ代が高すぎるとは思わねえか。張見世にも出ねえから、つらを拝むこともできやしねえ」
「張見世もひやかしなんぞお断りでおりんすよ。わっちらに会いとうなったらお大尽になってから来なんし」
「小生意気な口を聞きやがる。女郎の分際でよぉ」
「俺たちはこれでも名の売れた御家中の……」
「そこでしくじりささんして放逐されたんでござんしょう。さあ、梅をお放し」
「離してほしけりゃちょいと俺たちについてきな。なあに、普段することをするだけだ。傷もつけねえで帰してやるよ」
「ならば梅を放すのが先でおりんす」
ハン、と男の一人が鼻で笑った。
「鉄火山吹も今巴も信じちゃあいねえが、万が一ってこともある。餓鬼は返せねえなあ」
……こんのドクズ……!!マジ最低。ぶちのめしてやる。
ギリッと歯噛みしたあたしの後ろから、桔梗が心配そうに声をかけてくる。
「山吹殿……」
「安心なんし。梶井さまに比べたら、こたあのは
そう、梅が人質に取られてる限り、あたしもいつもみたいに自由には動けない。
せめて何か、あいつらのところまで届く武器があれば……。
あたしはヤンキー時代のケンカの履歴を頭の中に蘇らせる。
考えて、考えてあたし。
こういう目に遭ったこと、あるよね。
あ、そうだ。あのときはビニール袋に缶チューハイを入れてロングレンジから殴ったんだっけ。あれならいける!
「……わかりんした。まあお武家さま、急いてはことを仕損じると言いんすえ。ちょいと待ちんしな」
「おお、おお、素直になったじゃねえか。矢張り鉄火山吹なんぞ廓が箔をつけるための名前だな」
「ただわっち、すぐ癪を起しんす。印籠の薬を飲む間だけくだしんす」
そう言いながら、あたしはなんとなく胸元にしまっていた印籠を取り出し……それを手ぬぐいに包んで梅を抱えている男の方に振りかぶった!
ガコッといい音!
やった、命中ー!印籠って固いもんね!そこに遠心力がついたらチューハイの缶より強いかも!
うごぉっと汚い声を上げて、目のあたりを強く打たれた男が両手で顔を覆う。
よし!梅を抱えていた腕もはずれた!
バカだね。人体の急所をがら空きにしとくからだよ!
「梅、お逃げ!!桔梗殿、桜、椿、会所へ人を呼びに行ってくんなんし!」
「くっそ……この女郎がぁ……!」
「安心なんせ!梅がおらんせんならこたあ相手わっち一人で充分でござんす!」
「あ、あい!」
その場から立ち去る桔梗たちを見送って、あたしは邪魔な三枚歯の高下駄を脱いだ。
「鉄火の山吹を怒らかしたこと、後悔しなんし」
「黙れ女郎!貴様こそ、刀持ちに逆らったこと思い知れ!」
<注>
食い詰め浪人:食い詰め自体はただの貧乏や不真面目なせいで貧乏になったことをさします。浪人は藩の御取り潰しで勤め先がなくなったり、クビになった武士です。あわせると貧乏元武士のような感じです。
お大尽:お金持ち
印籠:「目に入らぬか!」の時代劇のイメージが強いですが、用途としては薬入れです。
会所へ人を呼びに行ってくんなんし:会所=吉原への出入りを管理したりしている四郎兵衛会所。吉原内の騒ぎや犯罪の始末は基本的に吉原の自治組織によって行われていました。大門の外には奉行所の支所のようなものがありましたが、騒ぎを起こした人間や犯罪者を自治組織がそこに引き渡すと言った感じでした。その間、誰も外に逃げられないよう大門は締め切られました。
三枚歯の高下駄:花魁の履く下駄。重く、バランスも悪いため、うまく歩くには練習が必要でした。
怒らかした:怒らせた の古語です。
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