第53話 吉原食べ歩き?弐~山吹血風録

「まあ、たまにはよござんすな」


 ふう、とおなかをさすりながら桔梗が言う。

 ふーん、そのおいしかったー!満腹です―!って顔はなにかなー?

 まあ聞かないであげるけどー?


「うでたての蕎麦は格別でござんしたでしょう」

「……当たり前のことを聞きんすな。のう、椿」

「あ、あい!おいしゅうござんした」

「ま、わっちの禿もこたあ言っておりんすしの。さて、次はどこへ?」

「ももんじ屋で焼き鳥を……」

「……その……それだけはやめてくだしんせんか」


 桜がものすごく思いつめた顔であたしの言葉を遮った。

 梅も泣き出しそうな顔でじっとあたしを見てる。

 姉女郎に逆らうなんて絶対しないと言ってるこの子たちにとっては、これはかなりの覚悟を決めてのことなんだろう。


「……山吹どん、わっちら考えんしたが、ももんじ屋は着物に匂いがつきんす……見世の前にそれだけは堪えてくだしんせんか」


 あ。

 それは桜と梅が正しい。


 そういえばうちも出勤前に焼肉とか絶対行かんかったし。

 花魁の服に焼き鳥の匂いがついてたらお客様だって興ざめだよね。現実思い出しちゃって。


 うん。うちは花魁。高額で幻の上流階級の夢を売る女。


 歌舞伎町のキャバ嬢じゃなくなって、吉原一の花魁、鉄火山吹とちやほやされて気が緩んでたかも。反省。


「さよでおりんすな。止めてくだしってありがとござりんす。見世で醜態をさらすところでありんした。それでは今日は竹村伊勢で菓子を買って、山口巴屋で一息といきんしょう。ももんじはまた今度。……わっちは気の利く良い禿に恵まれんした」


 桜と梅がほう、と息を吐く。

 

 よほど緊張してたんだろう。

 ごめんね。ありがとね。いつもたくさん助けてくれるね。

 あたしも絶対恩返しするからね……。






                       ※※※






 気を取り直して。


 女子がスイーツに弱いのは何百年前だって同じ!

 ほら、桔梗だってなんか嬉しそう。


「桜、梅、好きなものを頼みんしな。日頃の奉公の褒美でおりんす」

「……椿も、なんでもうてやりんしょう。遠慮なぞささんすな」


 桔梗に言われて、え、と椿ちゃんが驚いた顔をする。

 それからにこー!と満面の笑みを浮かべた。


 可愛い。


 最近の椿ちゃんは大人びた……といえば言葉はいいけど、なんとなく暗い影が取れてきて、すごく可愛いんだ。

 

 まあ巳千歳でいちばん可愛い禿はあたしの桜と梅だけどね!


 わいわいと店先でお菓子を選ぶ禿三人……絵になるなあ。

 着物も結い上げた髪も何もかもが華やかで、鮮やかで、これぞ江戸の良さって感じ……。こういうのも錦絵にしてくれないかなあ…あたし絶対買うのに……。


「桔梗殿は?」

「竹村伊勢なら最中の月と決まっておりんしょう。それに羊羹でも一棹ひとさお……」

「さよでありんすなあ。最中の月は買うて帰らねば。ああ、茶を飲むなら焼き団子、桔梗殿にも一串……」

「あれ、そのくらい自分で」

「なんのなんの、わっちが買いたい気分でおりんすれば。誘ぅたのはわっちですえ」

「ならばわっちは山吹殿に羊羹を……竹村伊勢は最中の月ばかりではありんせん」

「それは良いことを聞きんした。ありがたくいただきんす。……二人も決まりんしたか。ならば御店主、これから言いつけささんすもの、包んでくんなんし」

「あれ、椿、遠慮なぞささんすなとわっちは申しんした。なにゆえ桜と梅より包みがちいそうおりんすか」

「桔梗どん……あちらは二人連れでおりんす……」


 小声で桔梗の袖を引く椿ちゃん可愛い!

 でもそれではっと目を見開く桔梗も可愛いじゃん!


「そ、そたあこと承知の上でありんす。椿は欲がないゆえに発破はっぱをかけただけでおりんすえ」


 ふん、とそっぽを向きながら照れ隠しに速足で店を出ていく桔梗もいいやん!いいやん!


 今みたいなただの上品路線で行くより、こういう路線で行った方が桔梗は絶対いいよ!桔梗はオリエンタルビューティでクールな人形みたいな美人だもん。それがちょっとしたときに人間らしい顔見せたらお客様も萌えるって!

 ギャップ萌えってすごい需要あるんだからー!!


 なんて思いながらあたしも店を出たとき、「おい」と酒焼けした感じの悪い声が降ってきた。


 反射的に拳を握る。


 なんだか嫌な予感がした。








<注>

羊羹でも一棹ひとさお:羊羹は一本や一個ではなく一棹、二棹と数えます。これは江戸時代から始まりました。羊羹を固める道具が「船」と呼ばれたことから「船」なら「棹」であろうという言葉遊びから広まったとされています。

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