第56話 まごころ

 あたしは浪人二人をぶん殴った功績で会所に呼び出されていた。

 目の前にはお奉行様。


 ヤンキー時代なら信じらんないよ。だってこれって人を殴ったのにサツに呼び出されてデコに褒められるようなもんじゃん?


 あのころもケンカを控えて悪いヤツだけケルナグルしときゃあよかったのかなあ……。

 

 あ、でもあたしパンピには手を出してないからね!あたしが手を出すのはヤンキーとヤクザだけ!……て、あれ、それって悪人……?よくわかんなくなってきた……。


 そのとき、きりっと上座に座ったお奉行様が声をあげる。


「吉原、巳千歳抱え花魁、山吹」

「あい」

いやしき女の身でありながら、吉原を騒がせた男ふたりを討ち取ったことにお上よりのお褒めがある。心して受け取るがよい」

「ありがたきことでござりんす」

「金一両、ならびに下駄」


 え?下駄?


「下駄……?お奉行様……?」

「実は私もそちの錦絵を持っていてな」


 それまで真面目なお役人の顔をしていたお奉行様が、表情を崩してハハハと朗らかに笑った。


「下駄は私からだ。刀傷のついた下駄では歩きづらかろう。それでまた馬鹿な男が出たら打擲ちょうちゃくしてやれ」

「あれまあ、お奉行様」


 てことはあの火掻き棒絵を持ってるってことじゃん?!

 ヤバい恥ずかしいマジで。いますぐ捨ててください。

 

「揚げ代も払わずに山吹に会えるとは、私もいい商売を選んだものだ。しかし、今巴、鉄火山吹、まことであったのだなあ……」

「そたあ恥ずかしいこと言わんでくだしんす。女がこたあことできんしても一文の自慢にもなりんせん」

「だが一両にはなった。次は揚げ代を払い、会いに行くことにしよう。されどくれぐれも無茶は控えるのだぞ。男というものは時として何をするかわからぬ」


 ああ……確かに……あのバカ殿とかバカ殿とか……。

 しみじみと口にされた言葉に納得したあたしは、お奉行様に頭を下げる。


「お言葉、心に刻みんす」




                   ※※※




「お内儀さん、よければこの下駄、張見世はりみせに飾ってはくだしんせんか」


 巳千歳に帰ったあたしは、お内儀さんに刀傷の付いた方の下駄を差し出した。


「いいのかい。お座敷に置きゃああんたの自慢の種になるよ」

「それよりうちの客が増えたほうがようござんしょう。ものめずらしさにいくばくかは足を止める客が増えるはず。なに、代わりの下駄はお奉行様がくだしんした」

「……そうかい、いつもありがとうよ。そんなら松の絵の前に台をこしらえて置こうかいね」

「あれ、もったいない」

「もったいないのはこっちだよ。あんたの吉原での大立ち回りはもう大評判だ。そこで『鉄火山吹武勇の下駄』なんて札を付けたらそりゃあ見に来る客も増える増える!うちも大儲けさね!」


 おお、たくましい。見習おう、この根性。さすが まあむ ふらわあ。

 てか大評判……。

 ……火掻き棒と下駄、どっちがマシかなあ……いやどっちもイヤだよ……。


「けどねえ、山吹、無茶もほどほどにしな。なに、あたしゃうちのお職がいなくなるのが心配なんじゃない。命はねえ、ひとつしかないんだよ。うちの馬鹿旦那もそれをよおく伝えてくれとさ」

「わかりんした……わっちは幸せでござんすなあ……」

「あー、あたしゃ愁嘆場は嫌いだよ!そういうのはあんたの禿かむろたちとでもやっとくれ!

 ……ああ、そうだ、ちかごろ桔梗の様子がおかしいんだ。面倒でなきゃあ見に行っちゃあくれまいかい。あれはあれで気が強くて、あたしたちにゃあ何も話はしないからねえ……あんたたちは最近、気が合うようだから……」

「承知でござんす。腰を落ち着けたら桔梗殿の座敷に様子伺いに行きんしょう」



                  

                   ※※※




て感じでさっさと桔梗のところに行きたかったんだけど……。


「山吹!会いたかったぞー!!そなたがまた武勲ぶくんを立てたと聞いて矢も楯もたまらず来てしもうたわ!」


 ……ムリそう。


此度こたびは浪人の男二人をやりこめたとな?褒美が一両とはしみったれた奉行だ。わしが叱ってやろうか」

「お殿様、これはお上のおぼし召し。それに……」

「それに?」

「わっちはお殿様がお奉行様を叱り置けるほど偉い方なのは重々わかっておりんす」

「ようやっとわかったのか!やはりそなたは賢い!」

「ありがとござりんす。それでわっちは偉い方ほど軽々けいけいなことはしやんせんと思いささんすが、お殿様はどうですかえ」

 

 う、と殿様の動きが止まった。

 それに追い打ちをかけるようにあたしはお殿様に体を近づける。


「偉い方はどっしりと構えていらっさるのがわっちは好いたらしいでありんすなあ……」

「……安心せい。わしはこんが長く落ち着いた男だ」


 お殿様がどうだ!と胸を張る。


 なんだかもういろいろとツッコミたいけど我慢してあげよう。

 いい人そうだったお奉行様がわけのわからないことで叱られるのはかわいそうだ。

 このお殿様ならやりかねない。

 

「さよでおりんしたか。やはりわっちのお殿様……ではお奉行にも何も言いはしやんせんなあ……?」

「せぬ!」

「その一声。鶴のように凛として……さあ、一献」

「うむ。……だがのう山吹、それはわしもそなたに言いたい。良いか。そなたはこの世に一人しかおらぬのだ。あまり命を軽んじるでないぞ」

「あれ、お殿様に好いてほしい女はいくらでもおると言いんしたのに」


「茶化すでない!!」


 盃にお酒をそそごうとしていたあたしの肩が思わずびくっとする。

 あのお殿様からこんな声が出るなんて想像もしなかったから。


「すまぬ。大声を上げたが嫌わんでくれ。梶井との試合を思い出したのだ。あのときの心持ちをわしは忘れぬ……」


 お殿様がしゅんとする。

 あ……ごめんなさい。

 今のはあたしが悪いです。人の心、全然わかってなかった。


「いな。わっちこそ、人の真心もわからぬ無粋な女になるところでおりんした。それこそ金銀財宝より尊きもの、山吹、ありがたくいただきんす」

「わ、わかれば良いのだ。わかれば……本当に怒鳴って悪かった……」

「そうさせたのはわっちゆえ……気にささんすな」


 ちょい、とお殿様の指先をつつくと、赤くなったお殿様はとんでもないことを言い出した。


「よし!金の下駄でもあつらえるか!」

「おやめなんし!火掻き棒で頭を叩きんすよ!」

「それは勘弁勘弁」

「ほんにしょうのないお方……わっちはそたあものより、いまさっきのお殿様の言葉のほうがずっと嬉しゅうおりんす。褒めるのは簡単、たてまつるのも簡単、されど叱るのは……まことの心がなければできんせん……さ、今度こそ一献」


 あたしはこのお殿様といるときにはめずらしく、心から穏やかな気分で盃にお酒をつぐ。


 月の綺麗な夜だった。






<注>

会所:四郎兵衛会所。山吹は年季が明けていないため、吉原内の自治組織の詰め所である会所でお奉行様に会いました。

サツ:ヤンキー用語。警察。

デコ:ヤンキー用語。警察官(いい意味ではありません)

パンピ:普通の人。

打擲ちょうちゃく:ぶん殴る。

張見世はりみせ:時代劇によく出てくる、格子の中に遊女が座り男性客を誘う場所。山吹と桔梗はそこに座らなくても良い格の高い花魁です。

いくばくか:少しは

松の絵の前:張見世はりみせは座る場所によって遊女の格や揚げ代がある程度わかるようになっていました。巳千歳では最高の場所が松の絵の前です。

こんが長く:気が長い。

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