第52話 吉原食べ歩き 壱
健全な精神は健全な肉体に宿り、健全な肉体はおいしいもので作られる!
だからおいしいものを食べに行こう!
別にあたしがゆでたてのお蕎麦とかアツアツの焼き鳥が食べたいからじゃないからね?ね?
ほら、桜と梅の福利厚生的にもね?
昨日の夜見世のお客様は粋な方だったので早く帰られたからあたしも桜も梅もたっぷり寝てるしねー。
あ、吉原の遊女の休日は年二日と生理休暇のみで超絶ブラックだったとか言われるけど、江戸時代の奉公人一般はみんなそんなもんだったから、この時代ではそんなにブラックじゃないんだよー。
商家の奉公人は月二日とお盆と正月くらいしか休みがないし、奉公したての丁稚さんなんかだとそれもちゃんと取れたかよくわかってない。しかも住み込み雑魚寝でこき使われて勤務時間も超長いし。大工さんとか建築業は頼まれた家が完成するまで雨の日以外は休みなしだし。
だから、自分だけの座敷があって、お客さまがいなければそこで営業の手紙を書いたりお稽古してたり自由にできる花魁の方が、条件面ではよっぽどマシかも。まあ切見世の遊女なんかは丁稚さん並みのブラックだけど……。
とにかく、江戸時代に休みがきっちり取れて、勤務時間短くて、超絶ホワイトなのはお武家様だけ。
「桜、梅、昨日は早じまいでござんしたから、わっちの供をしやんせんか」
「あい。どこへ行きささんすか」
「蕎麦をたぐりに行きんす」
「蕎麦?!そたあもの、わっちらが買いに行きんす!」
「わっちは蕎麦屋の店先で熱いのをたぐりとうござんす。それだけじゃあありんせん。ももんじ屋で焼き鳥を
「竹村伊勢……」
「好きなだけ……」
「「行きんす!!」」
※※※
「桔梗殿、桔梗殿、昨晩はよう寝れんしたか」
「……お茶ひきだったわっちに喧嘩を売っておりんすか……」
「おりんせん、おりんせん。知らぬこととはいえ、失礼いたしんした。いやな、桜と梅を連れて出かけるので桔梗殿もどうかと思いんしてな」
「……わっちは行きとうありんせんなあ」
「さよで……」
「されど椿の息抜きにはいいかもしやんせん。まあ、仕方ない、よござんすよ」
……ツンデレめ!!
でも椿ちゃんがにっこり笑うと可愛いからよし!
「では、おのおの手ぬぐい三枚持ちなんし」
「手ぬぐい……?湯屋へはもう行きんした」
「いな、湯屋ではござんせん。まあ、ついてのお楽しみでござんす」
※※※
「蕎麦?!ここで?!」
「あい。わっちはうでたてが食べとうて」
「花魁が蕎麦屋で……それこそ禿に行かせれば……」
「それではのびてしまいんす。花巻の海苔もしおたれて……まあ食べとうなければようござんす。あ、わっちには花巻を。桜と梅は……あい、この子らにはしっぽくとあられを」
少し待つと目の前には憧れのできたての花巻蕎麦が置かれて……うー!海苔のいい匂い!アツアツ!やっぱできたては違うー!と着物を汚さないように厳重に手ぬぐいでガードしながらつるつるとたぐりこむ。
はじめは「いいの?!」って顔をしてた桜と梅も、あたしが遠慮なく食べ始めたのを見て、可愛らしくお蕎麦をたぐりだした。
すご……手作り浅草海苔の迫力……!できたてだからまだパリッとした部分も残ってて……海苔の味が濃厚で……やば…マジうま……!現代じゃ絶対食べられない!
これはお蕎麦そのものの味を楽しむっていうより、海苔と蕎麦つゆのフュージョンにゆでたてのお蕎麦の歯ごたえを添えてって感じ!
夢中で食べてたら、隣の桔梗が「わっちらにもしっぽくを……」と小声で頼んでるのが聞こえた。
だからもう、ツンデレめ!
<注>
夜見世のお客様は粋な方:居続け(朝までいること)より、大門が閉まる前の早めに帰る客の方が粋だとされていました。
湯屋:お風呂屋さん。
うでたて:ゆでたての東京方言。現代ではほとんど使われず、逆に地方の方言として残っています。ただし辞書にも載っているので純粋な方言ではありません。
しっぽく:
あられ:小さな貝柱をたっぷり散らしたお蕎麦です。江戸時代のメジャーな種物です。
たぐる:お蕎麦をすすることをこう言います。
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