第51話 へんな客

「ちょいと山吹、お内儀さんが呼んでるよ。ただしいつもの表にゃあ出ちゃあいけない。客から見えない廊下の端に立っといでとさ」

「あい」


 やり手にそう声をかけられて、妙なことを言うなあと思ったけど、まあお内儀さんがそう指示したなら仕方ないか。

 あたしは素直に座敷のある二階から降り、一階の廊下のはしっこでお内儀さんを待つ。

 あまり待つこともなく、お内儀さんがいつもの渋い顔を二倍くらい渋くして現れた。


「なんでござんしょう」

「あんたに初会の客なんだけどねえ……」

「あれ、それならお通しくだしんす」

「いや、ありゃあ尋常じんじょうじゃないんだよ。あんたが客を振らないのを信条にしてるのはわかってるが……うん、ありゃあ尋常じゃない」


 じんじょーじゃない、を二回も繰り返すお内儀さんを見ていたらあたしまで不安になってきた。


 だいたい、最近のお客様はほかのみせの花魁に心中を迫って断られたから代わりにあたしに一緒に心中してくれと頼んできた心中男とか、勝負に勝てなくなったので勝ち方を教えてくれと迫ってきたお相撲さんとか、変なのが多すぎる。


「どう尋常じゃあないんでござんすか」

「真っ黒の宋十郎そうじゅうろう頭巾で顔が見えない」


 ……それはヘンだわ。

 つかそれ、犯人は目出し帽をかぶり、バールのようなもので襲撃的な事案じゃね?


「それとねえ、声が蚊の鳴くようで良く聞き取れない」


 うわ。それ事案通り越してる。


「どうする、山吹。服だけ見りゃあそれほど卑しからぬお武家さんのようなんだが、今度ばかりは振ってもいいように思うんだがねえ」

「さよでおりんすなあ……」


 いや!でも!どんなお客様でも精いっぱいもてなすって決めたじゃん!あたし!


「その方は頭巾の理由はお話で?」

「疱瘡のあばたがひどいからとは言ってたが……どうもねえ……男がそんなに気にするもんかねえ……」

「それでもいちおう筋の通る理由ではありんすなあ。まあ通してくだしんす。ほんにあばたのひどいのを気のする方やもしやんせん」

「あんたがそう言うんなら……なんぞあればすぐ大声を出すんだよ。あ、火掻き棒はいるかいね?」

「いりやせん!」


 どうしてみんなあたしのトラウマをえぐるの!

 あたし=火掻き棒みたいにするのマジやめて……!





                    ※※※






 先に座敷に上がり、あたしはお客様を待つ。

 桜と梅はなにかあったらいけないから、お内儀さんにお願いして預けておくことにした。


 座敷の襖が開いて、お客様が入ってくる。


 ……これヤバい。マジヤバい。お内儀さんの言うとおりだった。


 黒いイカ型の頭巾で顔面を覆い、目だけ出した男は、ホラーゲームのクリーチャーみたいだった。


 いやいや、お客様にこんなこと考えちゃいけない。

 ほんとにあばたに悩んでたら気の毒だし。


「ござんせ」


 あたしがそう言うと無言で男が下座に座る。


「初会でありんす。盃を」


 なるべくフレンドリーな雰囲気を作ろうとするけど、男はこくこくとうなずくだけだ。

 え、お内儀さん、この人蚊の鳴くような声でも喋ってくんないじゃん!!

 その上、盃の上に手をかざして「飲めません」の仕草をする。


 なに、お酒NGなの?!


 お客様にこんなこと言いたくないけど……また変なの引いちゃったよ……。


 そのとき、みんな嫌がったのか、普段は力仕事をしている男衆おとこしが二人分のたんぽぽコーヒーとケーキを運んできた。


 黒い男が、無言のままちょいちょい、とコーヒーを指さす。


「これを盃の代わりにいたしんすか?」


 また、こくこくと男がうなずく。


 お願いですから喋ってください……さすがにだんだん怖くなってきました……。

 てかいま気づいたんだけど、あばたがひどいからって声を出すのもイヤっておかしいよね?

 声は普通のはずだよね?


 じゃあこの人なんなの?


「わかりんした。ではこちらで。……喉でもやられておりんすか?」


 また激しく男がうなずく。


 いやおかしいだろ。喋れない、酒も飲めない、顔も出せないでなんで遊女屋に来る?

 忍者のコスプレ自慢?


「ではお名前は喉の具合のよろしいときに聞きんす」


 でも、コーヒーを飲むには頭巾をずり下げなきゃいけないよね?

 それに気づいたあたしは、わざと男に近寄って、「盃代わりでござんす。飲みなんし」とコーヒーを男に手渡す。


 これでも頭巾を下げなかったら通報……じゃなくて、頭巾をひんむいてやる。


 でもそんなことはなく、男はゆっくり頭巾に手をかけ、ぱっと降ろして慌てた様子でコーヒーをひとくち口に含み、また引きあげた。


 ……あ、わかっちゃった。

 頭巾の理由も喋らない理由も。


「……ぬし様、女性にょしょうでありんすな?」






                     ※※※






 ごめんなさい、ごめんなさい、と二十歳くらいの女性がひたすら謝る。

 彼女がしてたのは忍者のコスプレじゃなくて侍姿の男装だった。


「謝らんでもようござんす。それよりいかでこたあことをしたかお話しなんしなり」

「お会いしたかったんです!華鬘けまんの役の山吹様に!」


 おう……またリアクションに困るのきたよ……。


「何度も何度もあのお芝居を見に行きました。父にねだって山吹焼きや景気も買って来てもらいました。でもやっぱり山吹様に会いたくて……父の着物をこっそりと借りて……」

「お武家様の娘御さんがこたあとこに来ちゃあなりんせん。お内儀さんや男衆に見つかれば大変なことになりんすよ」

「それでも、ああ……あの華鬘の山吹様が目の前で話していらっしゃる……!役者なぞよりよほど綺麗……!」

「人の話を聞きなんし!女だとわかればお父上まで累が及びんす。見れば良い服をきておりんす。お父上も身分のある方でござんしょう」

「はい!父は……」

「言いささんすな。わっちは何も見ておりんせん。ただいつものように揚げられただけでありんす。頭巾の下に何があるかも知りんせん。でなければわっちはぬし様を叩きださねばならなくなりんす」

「それは嫌です」


 わあ、きっぱり。

 この自己主張の強さ、なんか現代の子を思い出したわ……。


「ならばわっちの言うことをよく聞きなんし。ぬし様は男、男でござんす。今日のことはお父上にも口外しちゃあなりんせん。着物を借りたことには自身で何やら口上こうじょうをつけなんし」

「そうすれば一緒に景気を食べてくださいますか?!」

「わかりんしたわかりんした、ともに食べささんすゆえに大声を出しんすな」

「嬉しい!山吹様と景気が食べられるなんて……あ、コーヒーお注ぎしてもいいですか?」

「……もう勝手にしなんし……」


 あたしは目の前で喜々としてコーヒーを盃に注ぎ、嬉しそうな顔でケーキを食べる女性をげんなりした思いで見守った。


 ……芝居になってから、プラスとマイナスを比べれば、確実にマイナスの方が大きい気がする……。


 それからあたしは危なっかしいその子を大門まで見送って、もう二度と男のふりをしてくるわに来ないように言い含めた。

 わかってくれたかは微妙だけど……次からは遠慮なく叩き出すからね!


「おかえり、山吹。あのへんな客はどうだったえ」


 みせに戻ると、心配そうにしていたお内儀さんに声をかけられる。


「見かけどおり、変わった方でありんした……」


 そう言ってあたしはため息をついた。江戸時代に来て、はじめて負けた気がした。










<注>

宋十郎そうじゅうろう頭巾:頭にイカを乗せたような形の頭巾。頭部から肩まで覆うことができ、引き上げれば目元まで覆うことができます。宋十郎の名前の由来は歌舞伎役者の沢村宋十郎が使い始めたことから来ていると言われています。

あばた:ここでは天然痘の後遺症のへこみ。

華鬘けまん:山吹をモデルにした歌舞伎、今巴鉄火黄華鬘いまともえてっかきけまんのヒロイン。

お内儀さんや男衆に見つかれば大変なことになりんす:遊郭は女客禁制が不文律です。

口上こうじょう:ここでは「理由」「言い訳」

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