第49話 相聞歌

「わ」


 思わずあたしは声を上げた。

 文使ふみづかいが持ってきた手紙の中に「土屋」と署名のあるのがあったからだ。


 土屋さま……!!


 あたしはそれを真っ先に開く。


 白い紙に黒い墨で流麗な文字で書いてあったのは「ぬばたまの黒髪に」とだけ。


 わー……歌を詠んでくれたんだ。これ、かみの句だけだからしもの句であたしの気持ちが知りたいってことなんだな。

 ちょー教養じゃん……みやびじゃん……二人は今までこういうやり取りをしてたのかー……。

 てか生きてる推しからの手紙……尊い……!


 なら、あたしも推しへのガチ愛を込めますよ!


 でもどんなんがいいかな、上の句にあってて、それであたしの気持ちも織り込める下の句。

 うーん……。あたしはしばらく大学で勉強してたころの知識を頭の中から引きよせて……。


 ……「霜のふるまできみを待つわれ」よし、下の句、これでいい。

 ちょっと破調はちょうだけど上の句があれだからまあしゃーない。


 同じように白い紙に黒い墨で上の句を書き写し、そこにあたしの考えた下の句をつけていく。


 土屋さまからのお手紙がぱっと見、素っ気ない白い紙に黒い墨だけなのは上の句のぬばたまの黒髪の黒にかけてるんだろう。

 だからあたしは逆に白に黒がモチーフの「霜のふるまで」


「ぬばたまの黒髪に 霜のふるまできみを待つわれ


 まー簡単に言うと、髪の毛に霜がおりるくらい長い時間でもあたしはあなたを待ちますよっていうのと、霜は白いから白髪になるまででもあなたを待ちますよってダブルミーニング。


 ちな、ぬばたまは「夜」とか「黒髪」とか黒いものの枕詞まくらことばだから。


 よかった……あたしにもわかる系の枕詞で。

 万葉集研究の授業も受けたけどさ、あの時代の枕詞ってとんでもないのが多かったもん。

 どんくらいとんでもないかっていうとなんでそうなるかわかんなくて覚えてないくらいのがあるレベル。


 あとさりげなくセクハラひでえと思ったのが垂乳根たらちね

 母の枕詞だけど垂れ乳ってどうよ?それで育ったんじゃん!と思った。


 その手紙にいつも使ってる香を焚きめて、あたしは待たせていた文使いに手紙を渡す。


 お返事が来ることを祈りながら……。




               

                 ※※※





 後日、「さすればわれも霜のふるまで」と返事が届いて、これって完璧、相聞歌そうもんかの交換じゃん……とあたしはガラにもなく顔を赤くした。










<注>

文使ふみづかい:私設郵便屋さん。吉原と外部間の手紙を取り持つ職業の人をこう呼びます。

土屋さま:土浦藩藩主。山吹の最推し。江戸時代の山吹と心を通じていました。

かみの句:連歌の上5、7、5の部分。俳句の上5、7、5の部分もこう呼びます。

連歌れんが:上の句と下の句を別々の人が詠むこと。平安時代からある歌詠みの形式です。

しもの句:連歌の下7、7の部分。俳句の下7、7もこう呼びます。

破調はちょう:俳句や短歌で字足らずや字余りになることです。ただし「破調の美」という言葉もあり、あえて音数を崩すことで美しさを際立たせることもあります。土屋さまの上の句はぬばたまの黒髪を読み込むために破調としています。

白い紙に黒い墨だけなのは上の句のぬばたまの黒髪の黒にかけてる:連歌は紙の色、墨の色、香りなど隅々まで気を配ります。二人ともあえて白い紙に黒い墨だけとするころで黒髪の鮮やかさと霜(白髪)の白さを際立たせています。

ぬばたまの:歌を詠むときに「夜」や「黒髪」などの黒いものにつく枕詞まくらことばです。射干玉ぬばたまという檜扇ひおうぎ(植物名)の実の黒色から来ています。

枕詞まくらことば:特定の言葉の前につけてその言葉を飾る言葉。この言葉にはこれ、とルールがあります。

いつも使ってる香を焚きめて:上で書いたように、連歌は隅々まで気を配るものなので、山吹はこれがあたしの気持ちよ、と自分の普段使っているおこうの匂いを手紙に染みこませました。

さすれば我も霜のふるまで:なら私も霜のふるまで(白髪になるまで)(あなたを待ちましょう)

相聞歌そうもんか:ざっくりいうと恋の歌。


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