第48話 山吹、お化け退治の巻


「近頃お化けが出ると聞きんした」

「わっちら、おっかのうてしょうがありんせん」


 桜と梅に真剣な顔でそう言われ、あたしは首をひねった。


「お化け……ですかえ?」


 白い着物でウラメシヤの単純系?それともお岩さんなお恨みいたします系?意表をついて妖怪系?


「あい。火の玉が宙をふわふわ飛ぶそうでおりんす」


 そのくらいか、と思っちゃうのはあたしが現代人だからだろうか。


「死んだ女郎の魂やら、女郎に振られて自害した客の魂やら、そたあ話を聞くとおそろしゅうてたまりやせん」


 そういうもんなのかなあ。

 うち、ステータス物理に全振りだからなあ。

 そんなん水かけてやればいいじゃんと思うけど。


「ちょうど大門が閉まったころに出ると聞きんしておそろしゅうて……戸閉めしてありんすれば、いざとなっても逃げることもできんせん」


 はい桜、さりげなく足抜け宣言はやめようね。


 でもそんなに怖いのか―。見てみたいなー。


「見てみとうござんすなあ」

「やめてくだしんす、祟られたらいかがなさしんすか」

「桜姉さんの言う通りでありんす。山吹どんの身に障りがあっちゃあなりんせん」

「されど火の玉なら水をかければ消えるかもしやんせんえ」


 桜と梅が互いの顔を見合わせてからもう一度あたしを見た。

 信じられない、と書いてある。


「祟りが……」

「祟りなどありんせん。あったとしても祟り返すだけでありんす」

「さようでおりんすか……」

「確かに山吹どんなら鬼神も退しりぞかせるやもしやんせんなあ……」

 

 桜と梅は諦めたのか、それ以上もう何も言わなかった。

 ほんとごめん、物理の女で……。





               ※※※






 火の玉は二階……つまりあたしたちの座敷あたりからちょうど見えるところをふよふよと移動していくらしい。

 大門が閉じても居続けするお客様がいないときはいつも見張ってたけど、見つける前に寝落ちしちゃうのの繰り返しだった。


 でも!


 とうとう見つけた!見つけたのですよ!!


 確かに赤っぽい火の玉が空中をふよんふよんしてる!


 やった!!


 あたしは喜びの水を火の玉にぶっかける。

 これがやりたくて水差しいつも手元に置いてたんだもんなー。


 あ、火、消えた。


 マ?!


 火の玉って水で消えるんだ!やっぱ物理最強!!


 と思っていたら、きゃっという小さな声が下から聞こえて、道で黒い人影がもぞもぞと動いているのが見えた。


 考える前にあたしの体は動いてた。

 見回りの男衆おとこしに見つからないように静かに、でも激ダッシュしてみせの前まで駆け下りていく。


 そして逃げ出そうとしていた黒い人影の背中を切見世の女郎以上の強さで捕まえる。


「人のみせの前で何をささんす」




         

  

               ※※※






 お化けの正体は、まだ十五、六歳の女の子だった。

 真っ黒な着物を着て顔も黒く塗ってるのが異様だったけど、足もある、会話もできる、とにかく普通の女の子。


「なぜあのようなことをいたしんした。わっちの禿は怖うて仕方ないと怯えておりんす」


 とりあえず事情を聴こうと座敷に入れた女の子は素直に、「申し訳ありませんでした」と頭を下げる。


「悪いとわかっておりんすならなにゆえに」

「ここから出たかったのです」


 一瞬、足抜け企画組か?!と身構えたけど女の子の話を聞いてみたらそんなことじゃなかった。


 女の子の名前はおゆうちゃん。

 縫い子として雇われたけど、かよいでいいという約束だったのに吉原に閉じ込められて延々と働かされてるそうだ。


 大門が閉じれば逃げることも手紙を出すこともできないから、そのときだけ監視の目が緩むので、それを見計らってお化けになっていたと。


「それでなぜお化け騒動でありんすか」

「お化けが出るこんな怖いところにはいられないと言うつもりでした……」


 子どもかよ……あ、子どもか。

 そんな悪徳廓がそんな可愛い理由で「はいそうですか」って言ってくれるわけないじゃん……。


「家が恋しいのです……お給金の良さでこちらに来ましたが、通いという約束を守ってくれた吉原の外の店の方が、御給金が安くてもよほどよかった……」

「ふうむ」


 黒い着物と顔の黒塗りはできるだけ姿が闇にまぎれるようにやっていたことらしい。火の玉はぼろ布に油をしみこませて、細い鉄線の先にくくりつけていたと。


「吉原中にお化けの噂が広まって、そろそろいとまいを言いだそうとした頃合いでした。でも悪いことはできないものです。こうして見つかってしまいました」


 しくしくとおゆうちゃんが泣き出す。

 なんかごめん……捕まえちゃって。


 でも悪いのはそのくるわだよなー。明らかに。


「おゆう殿、もう二度とお化け騒動を起こさぬと誓いんすか?誓いんすならわっちが力を貸しんす」






                ※※※






「生霊が!生霊がわっちの枕元に立ちんした!」


 おゆうちゃんに今後の計画を話したうえで、とりま自分のみせへと帰らせた次の日。

 あたしは桜と梅の前でわざと大声を上げる。


「やはりお化けなぞ見てはならぬものでござんした。昨日、火の玉を見んしてから、眠れば女の生霊が……」

「あれ、大変!」

「どういたしんしょう」

「生霊は望みを聞き入れささんすまで、わっちに憑りついて離れんと言っておりんす。なんでも加藤屋というくるわに閉じ込められんしたおゆうという名の縫い子で、雇い入れのときの約定通り家に帰してほしいと……」

「加藤屋……みせのことならお内儀さんに話んした方がようござんす!」

「あい、わっちもさよ思いんす。はよう相談してくんなんせ!」






              ※※※






 話を聞いたお内儀さんはさっそく加藤屋に談判に行き、おゆうちゃんは無事に家に帰れることになった。


 加藤屋が巳千歳より格の低い見世だったのと、あたしがいま人気の花魁ということで、縫い子一人でうちのお職を壊すつもりかい、とお内儀さんは大変な剣幕だったらしい。

 加藤屋がもともと不正なことをしていたのもおゆうちゃんに有利だったみたいだ。


 そのあとおゆうちゃんからは、いまは吉原の外の店で無事に縫い子として奉公していることと、本当にありがとうございました、という手紙が届いた。


 それから吉原にお化けは出なくなり、桜と梅が怖がることもなくなった。

 つか、「山吹どんも人間でありんしたなあ……」とつぶやいてた桜、あたしをなんだと思ってたんだ。


「ところで山吹」


 お内儀さんがあたしに声をかける。


「なんでおりんしょう」

「あんた、すべてわかっててやってたんじゃああるまいね」

「いいえいいいえ。すべてはお化け。お化けの仕業でござんすよ」










<注>

足抜け:年季のあけていない遊女が様々な方法で吉原から逃げること。たいていはすぐに捕まり、ひどい折檻を受ける、下級の店に落とされるなどの罰が待っていました。

居続け:昼見世や夜見世で入ったあと、吉原の営業時間が終わっても帰らずにそのままとどまる客のことです。たいていは翌朝や翌日に帰りますが、すごい客だと一か月以上居続けした客もいたそうです。もちろん料金はその分かかります。

マ?!:マジ?!の略、ギャル語です。

切見世の女郎以上の強さ:最下層の遊郭である切見世は、女郎自らが外に出て客引きもすること、その客引きの強引さで有名でした。

縫い子:着物のつくろいなど縫い物全般をする女性。遊郭では遊女以外に飯炊きや縫い子、行灯に油をさす油さしなど様々な職種の人間が働いていました。

いとまい:口頭で出す退職届のようなものです。

お職:その遊郭のナンバーワン。

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