第47話 心中男、現れる

 なんでこんなことをしてるんだろう。


 それがあたしの感想だった。


「やっぱり一緒に死んでくださいよ」

「いやでござんす」




                ※※※

 





 ここで時間はすこしさかのぼる。


 そのお客様は座敷に座るやいなや突然上座のあたしに膝歩きですすすと近寄ってきて、あたしの喉元に着物のあわせから取り出した包丁を突き付けた。


「一緒に死んでくださいよ」


 はあ?!


 なんで?!


 いきなりのとんでもない要求にあたしの思考が止まる。


「いまがさかりの鉄火山吹花魁と心中すればわたしの面目もたちますから」


 ……なんだ面目って。

 好きとか恋してるとかの理由じゃないのか。

 そんな理由じゃあたしは死なないぞ。


「そのような悲しいこと言いささんすな……」


 あたしは目を潤ませて男を見る。


 それから、つい、と視線を後ろに向けた。


「あれ、お内儀さん」


 男も一瞬うしろを向きかける。


 はい、サヨナラ。


 あたしは包丁を持っていた男の手に手刀を叩き込み、落ちた包丁を逆に男の喉元に突き付ける。


「わっちが鉄火山吹と知っておりんしたら、このくらい覚悟の上でござんしょう。死にたいのならわっちがこの手であの世へ送ってやりんすえ。さあ喉首にずぶりと……」

「いや、それはちょっと……」


 どっちなんだよ!!


「わたしは心中がしたくて来たので……」


 このかみ合わなさ、この男、あのお殿様と同じ匂いがする。

 はあ……。

 あたしはため息をついて、とりあえず話だけは聞いてあげることにした。


「まあ事情をお話しなんし。わっちにできることなら何やら取りはからうこともできるやしやんせん」

「では心中……」

「それ以外で、でござんす」

「やはり駄目ですか」

「駄目に決まっておりんす。なにゆえわっちまで死なねばなりんせんか」

今巴いまともえと評判の山吹花魁と心中ならあいつの鼻もあかせますし、わたしの面目も立ちます。包丁がお嫌いなら火掻き棒をお持ちしますか」

「……もっともっと嫌でおりんす」


 火掻き棒。

 それはあたしの数々のトラウマをえぐるパワーワード。

 それならまだ包丁で死んだ方がマシだわ。

 いや包丁でも死ぬ気ないけど。


 あとあいつって誰。

 これ以上登場人物を増やすな。厄介なのは一人で充分だ。


「とにかく、もすこしわかりやすうお話しなんせ。いかでそれほど死にたいのでありんすか。あいつとは誰でおりんすか」

「心中……」

「あいあいわかりんした。心中したいのでありんすな」

「……実は他のみせの花魁、それがあいつなんですが、それに入れ揚げまして、店の金をすっかり使いこみ、親父にばれたら勘当されるでしょうから、このままでは死ぬほかないと……」

「ならその花魁と心中しなんし」

「断られました」


 即答キタ。


 てか断られたってなんなんだよ。それでなんであたしのところに来るんだよ。

 あたしはそんな厄介な連帯保証人になった覚えはないぞ。

 母さんから連帯保証人にだけはなるな、はんこは簡単につくなって言われてるんだ。


「ならば一度頭をさげなんせ」

「花魁にですか?親父にですか?」

「どっちでもようござんす!!まっこと喉首切りんすよ!」

「そういう痛いのは勘弁してください」

「心中も痛いのは同じでおりんしょう!」

「そちらは面目はたちますから」

「そんな面目お歯黒どぶに捨てなんせ!」


 もうヤダこの人。

 お殿様以上に話が通じない。


「親父に頭を下げれば許してもらえるでしょうか」

「親子ならば一度は許してもらえるとわっちは思いますえ。吉原通いは禁じられるかもしれませんが」


 男の顔がさあっと青くなる。


「それはちょっと……あれに会えなくなります」

「わっちと心中しても会えなくなりんす!」


 そして時間は今に戻る。




                 ※※※





「やっぱり一緒に死んでくださいよ」

「いやでござんす。それほどその花魁に惚れているなら身請けでもなんでもささんせばようござんしょう」


 あ。と男が口を開いた。


「そういえば親父はわたしも嫁をそろそろ取らねばと言っていました」

「なら親父さまにこれこの通りと頭を下げてその花魁を嫁取りなさんせ!心中するほどの覚悟があればできんしょう!」

「その通りです。さすがは名高き山吹花魁。わたしの悩みをすっかり消してくださいました」


 ……もうヤダ。マジで。この人。


「ではもうこの包丁は使いんせんな?」

「はい」

「返しささんせばまた厄介な考えを起こすやもありんせん。これはわっちがあずかっておきなんす」

「はい。ひとまずは親父に頭を下げに参ります。ありがとうございました」


 男がそのまま座敷を出ていく。


 え?え?それだけ?

 高い揚げ代払ってそれだけ?


 そんな通い方してるから勘当されるかもしれないほど店の金を使い込んだんじゃないの?!


 あたしはぽかんと誰もいない空間を見つめていた。




            

             ※※※






「お内儀さん、またあの客がきても振ってくんなんし……」

「あれ、めずらしいねえ、客を振らないのが信条のあんたが」

「……心中をせがまれんした」

「はあ?」


 うん。わかります、その気持ち。

 あたしも心の中ではあ?って言いました。


「よそのみせの花魁に入れ揚げて、にっちもさっちもいかないから、いっそ街で評判のわっちと死にたいと……」

「……それは振るようにしておくよ……」


 お内儀さんもなんとも言えない顔であたしの言葉にうなずいた。

 






<注>

心中:結ばれない男女が一緒に死ぬこと。江戸時代は心中ものの芝居が流行った時期があり、心中ブームが起きたことがありました。

連帯保証人:ざっくり言うと、借金した人が逃げたときに代わりにその人の借金を無条件で払うことになる保証人。

お歯黒どぶ:吉原の街を囲む水路。お歯黒を歯につけたあとの黒い水を遊女がここに吐き捨てるということからお歯黒どぶと呼ばれています。

身請け:遊女屋に遊女の代金を支払って自由の身とし、自分のものにすること。吉原から早く出たい遊女の憧れでもありました。

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