第46話 番外 椿一人語り~桜と梅

 わっちは椿。

 巳千歳の見世昼三、桔梗どんの禿でおりんす。


 まだありんす言葉がうまく使えず桔梗どんによう叱られます。

 山吹花魁の桜と梅を見習えともよう言われます。


 されど、桜と梅は六つのときに大門を入ってすぐのところに捨てられていたのを山吹殿に拾われてそのままずっと吉原でくらしておりんす。

 とおになってから売られてきて、顔が良いからと桔梗どんにつけられたわっちとは違うと思うのです。


 桜と梅といえば、拾ってきたとき、ずいぶん山吹殿は折檻せっかんされたと聞きんした。畜生腹の鬼子をなぜ拾ってきたと。そのころの山吹どんはまだただの昼三であったので、禿を二人なぞどう面倒を見るのかと。


 わっちもそれが不思議で山吹殿にこっそり聞きんしたことがありんした。

 山吹殿と口をきくと桔梗どんに叱られるので本当にこっそりとです。


 すると山吹殿はこう言いささんした。


「鬼子なら、放っておけばそのまま死ぬか女衒ぜげんに拾われて羅生門河岸らしょうもんがし切見世きりみせにでも送られんす。ならば同じ地獄でもここのほうがなんぼかましでござんすよ」と。


 それだけかと聞けばそれだけだと答えました。


「わっちは仏じゃありんせん。あの子らをここから出すことはできんせん。されど目の前で倒れんした人がおれば助けたいと思うのは当たり前でありんすえ」


 そのときわっちは心から驚いたものでした。


 この苦界で人を思いやる人なぞはじめて見たのです。


 されど、桔梗どんはそんな山吹殿がどうでか気に入らぬようで、よう意地の悪いことをなさんした。

 わっちにはそれもなぜかわかりませんでした。山吹殿はわっちにも優しい良いお方だったからです。


 桔梗どんが何をしんしても、山吹殿は笑っているだけでやり手にもお内儀さんにも何も言わず、桔梗どんはそのたびに腹をたて、わっちに当たったものです。


 ゆえに、わっちは桔梗どんを好いてはおらず、山吹殿に親切にされる桜と梅を羨ましゅう眺めておりんした。


 ところがある日、山吹殿はとうとう意趣返しをなさんした。

 山吹殿は自分はどうであれ、桜と梅に手を出されるのは許せなかったようでおりんした。


 桔梗どんはやり手に折檻をされ、床に伏し……そこに山吹殿が来なんして……。


 二人が何を話しんしたのかはわっちにはわかりんせん。


 ただその日から桔梗どんはわっちに少し優しくなり、山吹殿とも付き合うようになりんした。


 これがわっちの知る、桜と梅の来歴です。


 お粗末さまでござんした。






<注>

畜生腹:当時は多胎児は動物(畜生)の生まれ変わり、心中者の生まれ変わりとして嫌われ、多胎児を産んだ女性は畜生腹と罵られることがありました。もちろん根拠のない迷信です。

女衒ぜげん:女性を遊郭やその他非公認売春業に売ることを職業にした男性。

羅生門河岸らしょうもんがし:吉原の街の中の東側、特にお歯黒どぶに近い最下層の遊女屋が並ぶ場所がこう呼ばれました。羅生門の由来は羅生門にいた鬼が退治に来た渡辺綱を捕まえて腕を切り落とされるまで話さなかったという伝説と、遊女が自ら客の体を掴んで離さず客引きしたということをかけています。

切見世きりみせ:最下層の遊女屋。格安でしたがその分、性病にかかる率も高く、遊女の死亡率も高い。ただ行為をするだけの場所でした。




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